誰でも半導体チップを持てる時代に
半導体ユーザーや、半導体製造とは無縁のインターネットサービス業者が自前の半導体チップを持ち始めた。これまでのAppleやGoogle、Amazon以外に、通信ネットワークインフラに強い通信機器メーカーのNokiaや、ハイエンドコンピュータメーカーのHPE(Hewlett-Packard Enterprise)などの半導体ユーザー、インターネット金融に強いGMOインターネットなどだ。その背景を探る。
半導体メーカーではない企業が半導体チップを持ち始めている。通信機器メーカーのNokiaやハイエンドコンピュータのHPE、日本のGMOインターネットなど自分専用の半導体チップを手に入れている。ひとえに他社と差別化したいからだ。
Nokia Mobile NetworksのCTOでありR&D FoundationのトップでもあるHenri Tervonen氏は、5G用の新しいチップセット「ReefShark(リーフシャーク)」を持ったことで、明らかに強い競争力を得た」と述べている。消費電力の低さと性能効率の良さ、インテリジェンスを備えることができ、セルラーネットワークに採用することでネットワークの性能が大きく改善される、と大きな期待を寄せている。
ReefSharkチップセットには3種類ある。一つはLTEと5Gに向けたデジタルフロントエンド、マッシブMIMOのアダプティブアンテナ向けのRFICフロントエンドモジュールと送受信回路、ベースバンドプロセッサ、である。これらを使いビームフォーミングなどを活用することによって、マッシブMIMOのアンテナサイズを半減させ、ベースバンド装置の消費電力を64%削減する。先端的なシステム設計技術とナノメートルのチップ技術を使っているという。
図1 HPEのネットワークスイッチ用3種のチップ 左から5400R用、2930F、2930M用
ハイエンドコンピューティングのHPEの一部門であるArubaは、企業向けネットワークスイッチの性能を上げるため、専用ICを開発してきた。性能優先の専用ICながらプログラマビリティも持たせられるICである(図1)。ソフトウエアではなくハードウエアのIC化するメリットは、Smart Rateというデータレートを、1Gbps、2.5Gbps。5Gbps、10Gbpsと変えることのできる技術や、消費電力を削減でき、冗長構成を採ることができるためだという。
日本のFinTechをはじめとするインターネット金融のGMOインターネットが自前で持った半導体チップは、12nmのFinFETプロセスを用いたマイニングチップである。仮想通貨のマイニング(採掘)ボード(図2)に載せる。ただし、これはまだ実験用のチップであり、最終目標は7nmプロセスの半導体チップを使ってマイニングボードを作製する。
図2 12nmFinFETプロセスのマイニングチップボード 左右8チップ並んでいるIC
仮想通貨の一種であるビットコインは、発行量が一定に決まっており、まだ半分程度しか発行されていない。その取引履歴はピアツーピアネットワークであるブロックチェーン内の台帳にすべて記録される。ブロックチェーンはネットワーク上のノードに分散的に記録される。過去のすべての取引が記録されているため、これを見れば、取引の整合性を誰でも検証できる。台帳にすべての取引を素早く記録した人にビットコインが支給されるため、高い計算能力がコンピュータに求められる。そこで専用チップが必要になる。
これまで半導体チップを設計したこともなかった企業が半導体を持てるようになった背景には、ファブレスとファウンドリ、デザインハウス、IPベンダー、EDAベンダー、OSATなど水平分業が進んだことが挙げられる。一般にLSI設計にはVHDLやVerilogなど専用の設計言語が必要だが、半導体ユーザーがこういった言語を習得する必要はもうなくなった。デザインハウスにVHDLなどの言語でのプログラミングを依頼できるからだ。これによって、LSI設計言語を知らなくても設計できる時代になった。
半導体チップは、競合メーカーから差別化する機能を設け、性能効率を上げるためには欠かせない。チップなしでも差別化できないことはない。独自のソフトウエアをチップに組み込むことで差別化は一応できる。しかし、性能や電力効率などでは負けてしまう。やはり独自の機能を盛り込み、性能を上げ消費電力を下げるためには半導体を持っていなければ戦えない。半導体ユーザーがこのことを最もよく知っている。