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技術のイノベーションは人材、ADIの育て方

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米Analog Devicesは、都内でセミナーを開き、インパクトのあるイノベーションはどのようにして生まれるのかを、同社フェローでアナログ技術のグルともいえるような存在のRobert Adams氏(図1)が講演した。示唆に富む講演だったので、話のいくつかを紹介する。

図1 ADIのフェローであるRobert Adams氏

図1 ADIのフェローであるRobert Adams氏


講演のタイトルは「Innovation with Impact; Where Creativity and Profitability Intersect(インパクトのあるイノベーションとは何か−創造性と企業の利益の交点はどこにあるか)」である。利益を生むような技術革新をどう生み出すか、が彼の原点だ。性能が高ければいくらでも費用をかければよいというものでは決してない。iPhoneのように社会的にインパクトを生む製品は、「個人が買える」程度の値段に収めなければならない。価格が高すぎればいくら良い製品でも誰も買わない。ここが国際競争力をつけるポイントとなる。

ではイノベーションはどのようにして生まれるか。ただボーっと散歩してもアイデアは浮かばない。今まで頭の中に入力した断片的な情報をつなぎ合わせていくことで生まれてくるとAdams氏はいう。この考えはSteve Jobs氏と同じだ。人間の頭の中には経験を通じて学んできた情報がたくさんあり、それらを整理すると、解くべき答えが少しずつ見えてくることがある。その経験は自分だけでなくてもよい。他の人の経験を使ってもよいとAdams氏は語る。例えば、NASAの宇宙科学者が35年かかっても太陽光のフレア現象を予測できなかったのに、RF(高周波)エンジニアが見出したという。チームワークでもよいし、他の人とのディスカッションでもよい。これらも情報を整理するのに役立つ。技術開発ではチームを結成しながら行ってきた時代もあった。

市場価格に見合った製品を出すために開発した、フレキシブルなRF通信ICの例をAdams氏は上げた。RF ICは携帯電話だと一つの国で一つの周波数帯域を使い、国ごとに周波数帯域が違うため、国ごとに設計しなければならなかった。このため専用設計になりがちだ。専用ICだと利益は出ない。実際、ADIはかつてWiMAX用の専用RF ICを開発したが、結局WiMAXは普及せず失敗に終わった。この苦い経験を2度と味合わないようにしようとして、ADIのエンジニアTony Montalvo氏は無線チップにはフレキシブルな製品がないことに気が付いた。つまり外部の受動部品を使わずに広い周波数範囲を構成し、その中からいくつかのRF規格をカバーするようにプログラムできるRFチップだ。65nmCMOSプロセスノードではオンチップでチューニングできる特性を持っているはずとわかってきた。2005年、ADIはTonyのアイデアがうまく動作するかをチェックするため、テストチップを作ったところ成功し、初めてのリコンフィギュアラブルなトランシーバチップAD9361の設計につながった。

AD9361は65nmプロセスで設計し、その寄生容量が小さかったためにチューニング範囲が広くVCO(電圧制御オシレータ)のノイズは低かった。この結果、PLLを集積しながら70MHz〜6GHzと広帯域のRFチューナができた。ベースバンドチューナのフィルタとADコンバータも設計しチューニング範囲の広い帯域をゼロIF(中間周波数)トランシーバを作った。ところがインダクタはムーアの法則に乗らずシュリンクできなかった。そこでインダクタを用いずにデジタルで支援する設計に変えた。デジタル回路を多用したキャリブレーション回路を作ったためシュリンクできコストを安く抑えることができた。このイノベーションによって、ADIはゼロIF段トランシーバICの最初の企業となった。セルラー基地局に使う高性能・広帯域無線用のICとなり、サイズと重さを下げ、低消費電力をもたらした。この結果1000万個を出荷したという。

AD9361で成功したTonyは、それをさらに広帯域・高性能なICであるAD9371へ発展させた。このチップはデジタル・プレディストーションという技術で、送信用のパワーアンプの出力信号を見ながら、モデルとフィッティングさせることによって非線形性を打ち消し合って改善するという方法である。モデルを作るところにノウハウがあり、モデルを考える方法でもマシンラーニングでフィッティングする方法もあるという。この結果、混変調歪が20dB以上も大きく下がり広帯域特性が得られた。無駄な電力が下がった分、消費電力は1Wから40mWへと下がり5G携帯電話通信に対応できるようになった。この成功例では、コストを減らすためのテクノロジーを開発したことにある。


図2 情報を集める期間と研究開発する期間を繰り返す 出典:Analog Devices

図2 情報を集める期間と研究開発する期間を繰り返す 出典:Analog Devices


Adams氏は成功例をもう少し紹介したが、イノベーションを生み出すための様々な情報をとるための努力も必要だと指摘する。例えば、広く情報を集めるための期間と、じっくり開発するための期間を交互に持つように心がけることが望ましいとしている(図2)。情報を集める期間では、顧客を訪問してディスカッションしたり、学会に出席したり、セミナーを受けたり、あるいは標準化委員会に出席したりするなど、対外活動が重要だとも指摘する。

結局、さまざまな情報を集め身に着けることがイノベーションを生む元になるとする。ADIとしては、対外活動を積極的に推進するだけではなく、社内でもジョブ・ローテーションとして、これまでとは異なる技術部門へ行って新しい技術を身に着けさせることもしているとAdams氏は述べた。

(2017/01/27)

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