ワイヤレス充電の普及に尽くすWPC、ロームが強いサポート
携帯電話・スマートフォンの無線充電が日本ではまだ遅れている。国内で力を入れているロームは、このほどWPC(Wireless Power Consortium)セミナーを開催した。WPC会員企業は最新の無線充電技術を紹介すると同時に、展示会によるデモも見せた。WPCの会長であるMenno Treffers氏(図1)への取材も含めて、最新ワイヤレス充電をレポートする。
図1 WPC ChairmanのMenno Treffers氏
無線充電技術はこれまで何m離れても通信できた、何Wを伝送できた、などの実験フェーズにいた。無線でスマホや携帯電話を充電できればコードを挿すという煩わしさがない。無線だと完全防水もしやすい。しかし、そのための回路を作り、受信機と送信機をそれぞれ生産して商用化するには、その分のコストが余分にかかる。そこで、無線充電の方式を共通化して標準を作れば、少なくともコストは安くなる。さまざまなモデルがつながり、量産化できればさらに安くなり普及する。WPCはそのための標準化団体だ。
彼らが提唱している規格Qi(チーと発音)を中心に参加企業は増える一方で、別のグループも登場していた。A4WP(Alliance For Wireless Power)とPMA(Power Matters Alliance)だった。この両団体は、2015年11月に合併して一つになり、その名をAirFuel Allianceと変えた。今はこの2大勢力が無線充電コンソーシアムを占めている。WPCは現在の加盟企業は世界20か国から226社に上る。例えば、キヤノン、Dell、HTC、IKEA、LG、パナソニック、Philips、Samsung、ソニー、東芝、Verizon Wirelessなどが参加している。これに対して、AirFuelは合併した時点で195社が参加している。今のところ、二つのアライアンスに参加している企業も多い。また、両方式に対応する充電器(無線で電力を送信する側)も多い。
無線充電方式には大きく分けて、磁気誘導型と磁気共鳴型がある。磁気誘導はトランスと同じ原理で、1次コイルから2次コイルに磁界を通してエネルギーを伝える方式、磁気共鳴方式は共振回路を作り周波数がぴったり合えばエネルギーを伝送できるという方式、である。当初WPCは、磁気誘導型、AirFuelは磁気共鳴型だったが、今では共に両方式を採用している。
標準化では、WPCがQi規格を進めており、すでに890種類以上の製品、80種類以上の携帯電話、23種類のモデルのクルマに適用されている。無線充電機能を搭載したデバイスは1億5000万台に上るという。これはスマホに無線充電器を内蔵したSamsungのGallaxy S7とApple Watchの普及に大きく依存している。調査会社のIHSは、無線充電の受信デバイスは2024年に20億台が出荷されると見ている。WPCは、全ての無線受信機がQiに準拠し、送信機のほぼ100%が準拠しているという。採用が進めば進むほど量産効果で、Qi準拠の無線受信機は安くなり、スマホ1台当たりのコスト増はわずかで済むようになる。
ただし、クルマ応用と言ってもスマホを充電する程度の小電力の無線充電である。車内にスマホ用の無線充電器を置いて充電する。純正でQiをサポートしているクルマは多い。AudiやMercedes、Hyundai、起亜自動車なども純正の無線充電器を備えたモデルを持っている。日本ではトヨタが採用している。またクルマではスマホだけではなく、キーレスエントリの充電にも対応する。
図2 IDTが発表した15Wの無線充電チップP9240A 制御するためのマイコンARM Cortex-M0が集積されている 出典:IDT
これまでのQi準拠の無線送信機が送信できる電力は5W止まりだったが、最近IDCが15Wまでの電力を送信できるIC、P9240A(図2)と受信できるIC、P9220を発売した。IDTは無線充電ICに力を入れており、それをiPhone 6sと6s Plusに組み込んだケースを試作し、デモしている(図3)。このようなスマホのケースがあれば、スマホそのものが無線充電に対応していなくても、無線充電が可能になる。
図3 iPhone 6s / 6s Plusケースに組み込んだ無線充電器 ICチップが薄くて小さいため、見た目は普通のケースである
ロームも最大15W可能なワイヤレス充電モジュールを提供すると発表した。これはQiの認証を取得したリファレンスボードである。電力伝送用のコイルがすでに載っているため、ほぼこのままスマホや携帯電話につなげて使用できる。
スマホやタブレッドの中やスマホケースにこの受信用ICを内蔵し、充電側に送信機を内蔵すれば、充電できるようになる。扱える電力が大きくなった分、充電時間を短縮できるようになる。現在、有線による充電器の電力が7.5Wであるから、15Wだと充電時間はほぼ半分になる。ただし、現在はチップができたばかりの段階で、実用化には充電器とスマホなどの受信デバイスとの間に金属などの異物が潜んでいる場合などは金属異物によって熱せられることがあり、安全性の確認が求められる。
図4 無線充電では充電する側とされる側で双方向通信が必要 出典:Wireless Power Consortium
無線充電では、おかれたデバイスが無線受信機を搭載しているかどうか、それも充電すべき正しいデバイスかどうかをチェックするための通信機能も欠かせない(図4)。充電器はある時間おきに常に電波を発しており、充電すべきスマホなどのデバイスが載れば、その電波を受け取り、スマホが載っていることを確認する。次に、登録されたスマホかどうかを確認し、そうであれば必要な電力を送信するコンフィギュレーションを行う。スマホ側が電力をこれから送るという信号を受け取ったことを確認すると、送信側は電力を送る。無線充電では、通信プロトコルに沿って充電すべきかどうかの確認作業と、実際に電力を送る作業の二つが必要である。
Qi規格では、更なるハイパワー化も検討されている。これまではスマホや携帯電話を中心とした無線充電だったが、応用製品を工具やノートパソコン、ドローンなどに広げ、そのために60〜200Wの電力を充電できる規格作りを目指して、Boschを長とする作業部会を4月8日に立ち上げた。家庭で使う充電器として、年間2〜5億個の民生市場に向けた規格であり、300種類以上の充電器を生産できると見られている。このグループには、DellやDysonも参加しており、日本からもキヤノンの参加が決まったばかりだ。
図5 Philipsがデモした無線充電の作業台の上に置かれた炊飯器(左)と、テーブルトップの真下にある強力なコイル(右) 木のテーブルは熱くならない
加えて、Philipsが主導して最大電力2.5kWの無線充電を目指すKitchen Working Groupも立ち上がっている。韓国LGや中国ハイアールをメンバーとして、その試作品(図5)が出来上がっている。Qi規格では双方向通信が必要なため、試作では通信用に13.5MHz、電力伝送用に45kHzの交流を使う。これらの応用では無線充電というよりは無線給電というべきコードレスの炊飯器、調理器などを狙ったものだ。湿気の多い台所で使う製品だからこそ、防水可能で、コードとコネクタの劣化もない。残念ながら国内の白物家電メーカーはまだこのグループに参加していないようだ。
ただし、EV(電気自動車)やPHVなどの電気モータ中心のクルマ用の無線充電に関しては、WPCはまだタッチしていない。トヨタや日産などがQualcommと協力しながら、クルマ用の無線充電を研究している段階だ。