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電子キーに実装できるアルコール検出器のカギはセンサとアルゴリズム

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クルマのキーレスエントリは、ボタンを押すだけで離れたクルマのカギを開けられる電子キーだが、このデバイスにアルコール検出器を載せる研究を本田技研工業と日立製作所が進めている。共同開発した小型の呼気アルコール検出器の技術的なメドが立ち、共同で記者会見を開いた。

図1 日立とホンダが共同開発したハンディ型呼気アルコール検出器

図1 日立とホンダが共同開発したハンディ型呼気アルコール検出器


最近、飲酒運転による交通事故により、大事な命を奪う事件に関心が集まっている。こういった事故を防ぐために、簡単にアルコールを検知できるようにポータブルの呼気アルコール検出器が市販されている。しかし、1台2〜3万円もするアルコール検出器に誰がお金を支払うだろうか、という疑問がある。加えて、太いストロー形状のマウスピースを口にくわえて測定しなければならない、という煩わしさがある。もっと簡単に測定でき、しかもそれを使わざるを得ない状況に追いやることができなければ事故を防ぐ力になりえない。クルマメーカーもエレクトロニクスメーカーも何とか事故を減らす仕組みを作れないものか。

このような想いからホンダと日立は、キーレスエントリに呼気アルコール検出器を組み込み、アルコールが検出された時にエンジンがかからない、という電子キーの開発を目指し、まずポータブルの呼気アルコール検出器を試作した(図1)。呼気アルコール濃度は、水分中に含まれるアルコール成分の量として、mg/lという単位で示されるため、肺からの水分量とアルコール量の両方を検出する。このため、センサとして、飽和水蒸気センサと、3種類のガスセンサ(エタノールとアセトアルデヒド、水素)を開発した。

呼気の水分を検出するセンサは、櫛形パターンの電極をセラミック絶縁体上に形成している。電極間に数Hzの交流電圧を加えておき水分が電極間の絶縁セラミック表面に付着すると、検出電極間に電流が流れるという仕組みである。電流の時間変化を測定する訳だが、その感度は従来機の10倍もある(図2)。さらに今回の構造では、入力電圧が2.5Vppと低い。従来機種で高感度の製品は印加電圧が1000V程度も高かったため部品が大きくなり、小型にできなかった。


図2 櫛形パターンの水蒸気検出器 出典:日立製作所

図2 櫛形パターンの水蒸気検出器 出典:日立製作所


櫛形パターンを増やせば増やすほど感度は上がるが、面積が増えると共に、寄生容量も増えることにより、応答時間が遅くなるという欠点もある。日立は、60種類程度のパターンを作製し、最適値を選んだ。この結果、小さな1枚のボード(1辺数cm)に集約できた。また、水蒸気は表面に吸着するのではなく、微小な水滴が付くだけで蒸発するため、測定の再現性は高いという。

3種類のセンサに分けたのは、純粋のアルコール分だけを分離して検出したいからだ。従来のエタノールセンサだと、エタノール(エチルアルコール)だけではなく、これが体内で分解されて出来るアセトアルデヒドや水素も含み、正確なアルコール濃度を示さなかった。今回の定量精度は従来よりも3倍高まっているという。しかも、国内で酒気帯び運転状態とされる0.15mg/lの濃度に対して、その1/10程度の濃度まで測定できるほど検出感度は高いとしている。


図3 ワインを飲む前と飲んだ後の差 出典:日立製作所

図3 ワインを飲む前と飲んだ後の差 出典:日立製作所


ワインを200ml飲んだ直後のセンサ波形と、飲酒していない波形(図3)を見る限り、有意差ははっきり出ている。しかも、3秒以内で判断できる。飲酒していない場合でもわずかなアルコールが検出されるのは、栄養ドリンク剤にも微量のアルコールを含んでいるためだとしている。試作検出器では、アルコールを飲むと赤いLEDが点灯する(図4)。アルコールが検出以下の値であれば緑のLEDが付くようになっている。


図4 アルコールを検出すると赤いLEDが点灯する

図4 アルコールを検出すると赤いLEDが点灯する


3つのセンサ出力からアルコール濃度を算出するのに、差分進化(Differential evolution)法と呼ばれるアルゴリズムを用いた。これは、ある想定値と実測値との差分をとりながら何度もやり取りを繰り返して真値に近づけていく、最適化手法の一つ。初期値には仮定を含まず、結果として最も確からしい値を最適値として出力する。雑音が多いデータや時間変化のデータなどから最適値を推定するのに向くと言われ、人工知能コンピューティングのアルゴリズムとよく似ている。

センサは、酸化物半導体セラミックをベースとして表面に3種類のガスに対応する膜を付けたものらしい。酸化物半導体セラミック表面は凹凸が多いため、ガス分子は表面に吸着されやすい。ガス分子が表面に吸着されると、酸化物の表面から酸素分子が放出される。この結果、導電率が変わりセンサとして働く。センサを再現よく使うためには、ヒーターで400℃に加熱し、吸着したガス分子を飛ばして初期化する。ガスセンサとしてはSnO2酸化物半導体を使う例が多いが、この試作品では何の材料を使っているのかについては明らかにしていない。

今回の開発では、日立が先に呼気アルコール検出器を試作しており、それを見たホンダがクルマメーカーとしての要求を出し、共同開発に至った。今後、実用化に向けて、人間の個人差や民族差などがあることを考慮して医療機関とのコラボレーションが必要だと見ている。その上で、実証データの積み上げが重要になるとしている。検出器付きのキーレスエントリでは、飲酒していない人が代わりにテストしてもエンジンは掛けられるという欠点はある。飲酒事故対策としては万能ではない。ホンダは、ドライバをはじめ助手席にいる協力者への罰則をはじめとする、社会ルールも一緒に決めていかなければならないとして、実用化時期は言えないとしている。

(2016/03/25)

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