ルネサス、フラッシュマイコンのグローバル成長戦略でTSMCと提携
ルネサスエレクトロニクスは、40nmプロセスのフラッシュマイコンをTSMCと共同開発することで合意した。ルネサスは5月26日の日本経済新聞や4月21日号の週刊東洋経済で報じられたリストラや工場売却のような話は、同社から出たものではないと否定した。今回の提携はむしろ、ルネサスが成長するためのマイコンのグローバル戦略である。
図1 ルネサス、TSMCと提携
TSMCのCheng-Ming Lin氏(左)とルネサスの岩元伸一氏(右)
日本の一般メディアは必要以上にネガティブに見る癖がついている。ルネサスが得意とする製品分野はエルピーダとは全く違う。にもかかわらず、同列に扱っているニュースが多い。
「今回の発表は、一か月前から準備してきたもので、新聞で報道されている内容ではない」と同社執行役員MCU事業本部長の岩元伸一氏は開口一番、こう発言した。マイコン売上世界トップのルネサスは、マイコンを成長のエンジンとしていくことを決めた。このため、今回のTSMCとの協業はグローバル市場への大きな足掛かりとなると期待を込めている。
マイコンはFPGAやアプリケーションプロセッサと違って、最先端プロセスを使うデバイスではない。先端デバイスよりも1〜2世代前のプロセスを使うが、これは遅れていることを意味するものでは決してない。マイコンは、ユーザがプログラムしてシステム全体を制御するために使われるプログラム半導体である。このためユーザがプログラムしやすい環境を揃える必要がある。マイコンに書き込むソフトウエア開発ツールや、そのプログラムにバグがないかチェックして修正するデバッガなど開発環境を作り、ユーザの仕様に沿ってプログラミングしていく。マイコンメーカー1社だけでは開発環境のサポートで手一杯になるため、サードパーティにプログラム開発やデバッグ作業を依頼することで、メーカーは新製品開発に集中できる。旧ルネサステクノロジや旧NECエレクトロニクスはそれぞれSH系、V850系のマイコンでサードパーティのコンソーシアムを持っていた。合併によって、2種類のコンソーシアムを持つことになった。しかし、いずれも国内のユーザやサードパーティを対象としていた。ルネサスエレクトロニクスとして合併した後もこれらのコンソーシアムは共存している。
図2 TSMCの持つグローバルなパートナーたち 出典:TSMC
今回、TSMCと提携したことで、TSMCが持っているツールベンダーやプログラム開発のサードパーティ、IPベンダーなどもルネサスは利用したい。このことでマイコンというドメスティックな半導体でさえもグローバル化できるようになる可能性が出てきた。どの企業グループとどう一緒に組むか、具体的なパートナー探しはこれからの話し合いによるが、ルネサスとしてはようやく海外展開できるフェーズに入ったといえよう。
今回の提携は、最先端のフラッシュマイコンを持つルネサスと、世界一のファウンドリ能力と世界中のツールメーカー、デザインハウス、ソフト開発メーカー、IPベンダーなどと協業するエコシステムを築いているTSMCの利害が一致した。ルネサスにとってはTSMCのファウンドリ能力もさることながら、世界中のエコシステムを使いたい。一方、TSMCにとっては、ルネサスの持つMONOS構造のフラッシュマイコンをIPとして揃えたい。MONOS(Metal-Oxide-Nitride-Oxide-Semiconductor)構造は、フローティングゲート構造とは違い、隣接セルとの干渉の影響を受けにくい。このため微細化しても書き換え回数が減ることはない(図3)とルネサスの岩元氏は述べ、TSMCのSpecialty Technology部門DirectorのCheng-Ming Lin氏は、MONOS技術に期待を寄せている。
図3 ルネサスのフラッシュマイコンは魅力的 出典:ルネサスエレクトロニクス
Lin氏は、ルネサスの技術力を非常に高く評価しており、今回の提携はお互いにウィン-ウィン関係にあると見る。TSMCの会長Morris Chang氏は、これまでのデジタルCMOSプロセス中心でやってきたが、今年からは特殊プロセスにも力を入れようとSpecialty Technology部門を新たに設けた。組み込み半導体と高耐圧半導体、CMOSイメージセンサの三つの半導体デバイスをSpecialty Technologyと定義した。Lin氏はこの中でも組み込み半導体の責任者である。ルネサスの持つMONOSフラッシュをTSMCがIPとして持てば顧客へのメニューが広がり、より広い顧客もカバーできるとLin氏は述べている。
今回の提携では、90nmプロセスのMONOSフラッシュマイコン(V850系でRH850ファミリ)をTSMCにも製造を依頼すると同時に、40nmプロセスのフラッシュマイコンを共同開発する。このフラッシュマイコンはルネサスの那珂工場とTSMCで製造する予定だ。さらに機能を追加する時代になると28nmプロセスを使えるようになり、TSMCへ全面的に生産を移管する予定だ。ルネサスにとってその頃の28nmプロセスはこなれた技術になり、最先端マイコンを顧客に提案できるようになる。
今回はRH850ファミリの提携だけにV850系のサードパーティをはじめとするコンソーシアムはTSMCと組むことで広がるが、SH系のコンソーシアムについては今後議論して決めていくという。
図4 2012年には生産能力は8インチ換算で1500万枚/月 出典:TSMC
TSMCは月産10万枚以上の能力を持つ工場をギガファブと定義しているが、新竹のギガファブ12に加え、台南のギガファブ14と、建設が終わったばかりの台中のギガファブ15と巨大なファブを持つ。0.5μmから28nmまでのプロセス全体で月産1500万枚(8インチ換算)という巨大な生産能力を2012年末に実現する予定だ(図4)。ちなみに2011年末では28nmプロセスの能力がゼロに近く、1400万枚/月である。
図5 将来はプログラマブルSoCへとつなげたいルネサス
ルネサスは、TSMCを通じて世界的なエコシステムを持つことで、MONOSフラッシュマイコンのプラットフォームから通信用ASSPなどのSoCへと発展させる夢を描いている。従来のSoCだとカスタム設計でプログラマビリティはなかったためコスト的に全く割が合わないチップであった。しかし、マイコンというプログラマブルチップのエコシステムを世界中に広げていくことで、プログラマブルなSoCへとグローバルに成長していける可能性が出てくる(図5)。