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MWCで見えてきたメガトレンドはNFC、中国の存在感、モバイルプロセッサ

携帯電話のオペレータやメーカー、半導体メーカーなどが勢ぞろいするMWC(Mobile World Congress)2012がスペインバルセロナで2月27日〜3月1日開かれたが、その中から見えてきたことをまとめてみた。ここに半導体メーカーにとっての大きなメガトレンドを見ることができる。

図1 開催前日のMWC会場

図1 開催前日のMWC会場


NFC(near field communication)の規格が落ち着いたのは2010年。2011年からチップが出てきてシステムが揃い始め、今回のMWCでドッと登場した。グーグルを始め、韓国のオペレータKTやSKテレコム、オランダのNXP、NTTドコモ、フェリカなどが出展していた。これまでのSuicaやおサイフケータイはパッシブなタグを埋め込んでおり、「読んでもらう」機能しかなかったが、NFCはその「読んでもらう」機能に加え、「読み込む・書き替える」という機能と、「ピアツーピア」機能が加わる。

NTTドコモは、好きなアーティストのコンサートチケットのポスターをスマホで読みとり購入し、スマホ自体を入場券として使えるシステムを提案している(図2)。イベント会社はチケットを購入した人の属性を抑えることができ、メールアドレスを使って、そのアーティストが関与する商品案内を知らせ、マーケティングツールとして使うことができる。不正なダフ屋や高額のオークションが入り込めないようにセキュアな環境にしておく。


図2 NTTドコモのNFCは海外にいても日本のコンサートチケットを購入できる

図2 NTTドコモのNFCは海外にいても日本のコンサートチケットを購入できる


SKテレコムはNFCを使ってコーヒーを注文・課金できるシステムをデモした。レギュラー、エスプレッソ、カプチーノ、アメリカン、好きなコーヒーのメニュータグにNFCチップ入りのスマホをタッチさせると、厨房でそのコーヒーを抽出・注ぎ、すぐに出てくるという仕組みだ。注文を受け料金を受け取る人が要らない。


図3 NFCによるコーヒー注文

図3 NFCによるコーヒー注文


NFCチップの先端を行くNXPセミコンダクターズは、クルマへの応用デモを示した(図4)。まずカギをNFCスマホで読みとり、エンジンをかける。路上で故障した場合は、緊急コールができるように、NFCとGPS、3Gモバイルネットワークのチップをスマホに搭載しておく。GPSにより現場に急行したJAFなどのサービス企業への支払いもその場でできる。


図4 NFCによる新しいクルマシステムの提案 会場の都合上バイクでデモ

図4 NFCによる新しいクルマシステムの提案 会場の都合上バイクでデモ


今回はまだ、第3の機能「ピアツーピア」のデモはグーグルのみにとどまった(図5)。会場では、スマホ内のデータ転送をデモした。この機能はNFCで認証し、Wi-FiやBluetoothでデータを送るというシステムへとさらに発展する可能性がある。というのはデータ量の多いコンテンツを送るという応用が広がっているからである。例えば、Bluetooth機器同士をつなぐ応用では、カメラからフォトフレームに写真を無線で転送できる。応用は限りなくある。グーグルはNFCの遅いデータレートでもやり取りできるような応用をピアツーピア機能でデモした。高速データの扱いには、NFCからBluetoothあるいはWi-Fi無線にハンドオーバーする必要があり、その規格作りに入っている状況だ。


図5 グーグルによるNFCのピアツーピア機能

図5 グーグルによるNFCのピアツーピア機能


現実に日本はNFC先進国である。SuicaやPasmo、Edyなどフェリカシステムを利用したカードが大量にあり、しかもカードを掲げる(タッチする)という文化にも慣れている。NFCチップを携帯やスマホに入れると、「読み込む・書き替える」機能を使えるようになる。NFCは日本が力を入れるべき応用である。今、世界をリードしており、さらにリードを広げられる数少ない分野だろう。

華為、ZTEはもはや確立された大手企業
二つ目のトレンド、中国の存在感の強まりと、日本の存在感の弱まりも、今回の特徴である。中国の携帯電話企業でTianyuという名前を知っている読者はどのくらいおられるだろうか。無名の中国企業Tianyu社がスマートフォンを展示してきたのである。中国企業でも華為(Huawei)やZTE社はもはやブランドを築いたと言ってよいほどの存在感を示した。このせいか、韓国のサムスンが最も脅威だと見る企業に成長した。

華為は日本でいえばNECや富士通、欧州のアルカテルやエリクソン、シーメンスのような大メーカーである。華為は独自のクアッドコアのモバイルプロセッサK2V3を開発できた実力を示した。このモバイルプロセッサを搭載したスマホも展示した。

もちろん、韓国のサムスンやLGのブースには人がごった返している。特にサムスンのGalaxy NoteはCESで見せたスマホに続き、10.1インチのタブレットが今回発表された。Noteは絵をかける機能を見せるため、CESに続き似顔絵作家を招き、来場者の似顔絵を次々と書き、できた作品を展示した。このためサムスンはプレハブを1棟借り切り、Galaxy Note似顔絵ブースとした。

携帯端末の分野では日本の存在感が極めて乏しく、ソニーやパナソニック、NEC、富士通などのブースは人もまばらで、サムスン、LG、華為、ZTEなどの賑わいとは全く違っている。日本の端末メーカーは、製品戦略やプレゼン方法、ニーズの捉え方などのマーケティング手法やメガトレンドの捉え方、など根本的な見直しを迫られるだろう。技術を極めることに対するニーズはないと考えてしかるべきだと感じた。もちろん、同じことが半導体メーカーにも通じる。


図6 人で溢れるLG(左)、サムスン(右)のブース

図6 人で溢れるLG(左)、サムスン(右)のブース


モバイルプロセッサの熾烈な争い
モバイルプロセッサにも日本企業の存在感は乏しい。今やクアルコムのSnapdragon、nVidiaのTegraに最も勢いがあり、テキサス・インスツルメンツ(TI)のOMAPはやや後退していた。しかし、今回の目玉の一つは、最先端のARMコアCortex A15デュアルコアプロセッサと、システム制御用のCortex M4デュアルコアを集積した、OMAP-5である。TIが満を持して設計してきたモバイルプロセッサだ。

これまでTIは、ノキアという大口顧客を捉え、勢いに乗っていた。しかしノキアに陰りが見えると共にTIにも陰りが見えていた。モトローラの陰りと共にフリースケールの業績も落ちた構造と同じだ。ノキアがWindows Phoneで巻き返しを図ろうとすると、そこに入り込んできたのがSnapdragonを持つクアルコムだった。

SnapdragonはS4と呼ばれる28nmプロセスで生産される最新チップであり、次世代のスマホやタブレットの心臓部になる。nVidiaは昨年11月にTegra-3をひっそりと発表したが、CESでタブレット、MWCでスマホを発表、これから発売される少なくとも4社以上(ZTE、LG、富士通、Tianyu)の新しい機種に搭載される。nVidiaはもともと、カナダのATI(現在はAMDに統合)と共にパソコンやサーバーなどのグラフィックチップに強いファブレス企業だった。しかしハリウッドの映像に匹敵するような品質を持たせようとすると、チップの消費電力は数百W〜千数百Wと膨大になった。最新のグラフィックスチップGeForce GPU(グラフィックスプロセッサ)はパソコン用なのでさすがに消費電力は少なくなったが、それでもデスクトップ用のGPUはまだ195Wもある。ただし、描画性能はこれまでの数倍も上がっている。ヒートパイプを含む放熱フィンを搭載しており、そのフィンの形にも工夫が見られる。nVidiaは低消費電力技術を構築し、スマホやタブレットにも搭載できるようなパワーゲーティングや周波数ゲーティングなどの技術をTegraに搭載している。


図7 TIのOMAP-5 きれいな画像は以下のURLで入手可能

図7 TIのOMAP-5 きれいな画像は以下のURLで入手可能
http://focus.ti.com/en/graphics/wtbu/omap5/OMAP5430-SoC_large.gif


今回、TIが発表したOMAP-5は、コアCPUに加えて、イマジネーションテクノロジーズのPOWERVR SGX544クアッドコアも搭載している(図7)。ウェッブブラウジングやゲーム、アニメなどの画像処理を高速に実行できるため、これを搭載したスマホやタブレットを使えば消費者はサクサク感のある操作を期待できる。さらにはビデオのアクセラレータや各種の暗号処理回路、オーディオプロセッサなども搭載し、セキュリティを頑丈にしたうえで楽しさのあふれたスマホやタブレットを実現できそうだ。

今回は大きな流れを捉えるという視点でMWCを見てきたが、個々の展示物ではユニークな試みもある。しかし、断片的に見られただけだった。問題は日本メーカーには相変わらずグローバルな存在感がないこと。NTTドコモの山田隆持社長の講演はキャンセルされ、ますます日本企業の影が薄くなっている。もっと欧州、アジア、米国とそれぞれの地域に向けた提案を行うことを考えるべきだろう。かつてのブランドを誇ったソニーやパナソニックは、もはや韓国企業に比べると見劣りするようになり、今後は中国企業に対しても同じことが起こりうる。半導体も含め日本企業には抜本的な見直しが迫られている。

(2012/03/16)
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