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優れた技術を持っていても売れないことを痛感したマキシムが採った戦略とは

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「せっかく良い製品を持っていても知名度を上げる努力をしないことには顧客は買ってくれない。知る人ぞ知るではダメなんだ」。こう語るのはアナログ半導体で定評のある米国マキシム(Maxim Integrated Products)社日本法人マキシム・ジャパン代表取締役社長の滝口修氏。今年のCEATECに初めて出展したマキシムは日本の売り上げがわずか7%の同社は日本市場攻略にようやく本格的に力を入れることになった。

図1 マキシム・ジャパン代表取締役社長の滝口 修氏

図1 マキシム・ジャパン代表取締役社長の滝口 修氏


米国のシリコンバレー、サンノゼに本拠を定めるマキシムは、米国での売り上げがわずか16%で、海外売り上げが84%という文字通りグローバルな企業である。にもかかわらず、日本での売り上げは一桁のパーセントに留まっている。2年前に日本法人社長になった滝口氏が国内ユーザーを回ろうとすると、「コーヒーの会社がなんで来るのだろう」といぶかしがられたと言う。「CEATECに出ることが決まってから招待状を配るため顧客を回ると、エンジニアだけは社名を知っているが役員クラスには全く知られていないことがわかった。会社の紹介をし終えると決まって『マキシムさんて大きな会社なんですね』とその役員から言われた。実際、エンジニアからはマキシムの技術は素晴らしいと言われても、役員クラスがその名を知らなければ絶対に買ってくれない」(同氏)ので、日本での知名度アップ活動をようやく強めることになった。

今年のCEATECでは、スマートホーム、スマートグリッド、スマートエナジー、カーエレクトロニクス、スマートフォンやタブレット、といった成長分野のアナログ・デジタルのミクストシグナル製品を矢継ぎ早に出してきた。例えば、10本指の動きを全て検出できるタッチスクリーンコントローラ、MAX11871は、静電容量方式を採用しこれまで最高の感度を持つとして、顧客の評判がいいという。スマートフォンやタブレットに使えば、ボールペンを使っても手袋を着用したままでも検出できる、と主張する。

マキシムが知名度を上げる活動で最も力を入れることは、直接の顧客だけではなくその顧客のさらに顧客にまでも営業に行くことである。今、クルマ用の半導体をトッププライオリティに掲げているが、直接の顧客であるモジュールメーカーやティア1メーカーだけではなく、クルマメーカーにも売り込みに行く。実は、このタッチスクリーンコントローラは引き合いが極めて強いのだが、それはクルマメーカーが「マキシムが面白い製品を持っているから、それを使ったモジュールやECUを持ってきてくれ」とサプライヤーたちに(マキシムの顧客)に依頼したからだと滝口氏は言う。

今回のCEATECへの出展も、実はようやくサポート体制が出来たことによる。今年1月のCES(Consumer Electronics Show)でこのICをデモしたところ、噂が噂を呼び、訪問したこともないユーザーからこのICを売って欲しいと言われた。しかし、ドキュメントもスペックもまだ作っておらずサポートできないから、もう少し待ってくれと答えた。それでもユーザーはサポートを要求しないという誓約書を持っていくから売ってくれとまで言ったためにサンプルを提供した。日立製作所に10年、LSIロジックとSTマイクロエレクトロニクスにそれぞれ10年在籍しマキシムで2年を経た滝口氏は、このような経験は今回が初めてだったと語る。

マキシム側はこの間、日本でこのICをサポートするため営業部員が本社に1週間トレーニングに出向いた。レクチャーが2日、実習とQ&Aが3日を要した。帰国してからもトレーニングを積み、ようやくサポートできる体制ができあがり、このCEATECでタッチスクリーンコントローラを発表できるようになった。

同社はこの営業戦略手法をスマートグリッド用のICにも適用しようとしている。すなわちICを直接使うスマートメーターのメーカーやモジュールメーカー、大手電機メーカーだけではなく、東京電力や関西電力などの電力メーカーや関係省庁まで出向くことにしている。この作戦は今年から始まったものだ。

マキシムの戦略は、製品に価値があるから採れるのであり、他社と同じスペックではこうはいかない。こんな逸話がある。昔から付き合いのある会社を訪問した時に面会した購買部長から勝手にプロモーションするなと言われた。その部長は「マキシムには非常に使いやすい商品があるものだからエンジニアが勝手に使ってしまうんだ。魅力的な商品があるから悪い」とまで言ったという。すなわち、マキシムの製品が先端的ゆえにこのような評価を受けているのである。今年2月にバルセロナで開催されたMobile World Congressにおいて専門記者が投票した先端的な半導体企業3社の中にも選ばれた。他の2社は通信用半導体で1位、2位を争う米国2社、クアルコムとブロードコムは当然の結果だといえるが、携帯技術の展示会なのにアナログのマキシムが選ばれたのである。インテルやTIを抑えての評価となった。

いうまでもなく、PR活動にも力を入れ始める。これまでのマキシムのプレスリリースを見るとまるで学会発表のようにスペックが並び、回路ブロックなどのデータがあるだけだった。これではプレスリリースを読んで技術を他社と比較しそのすごさを理解しにくい。このCEATECではこれまでのような裏付けデータではなく、全面的にイメージを打ち出した。寝転がりながら手袋していてもタブレットのタッチパネルを操作できるというパンフレットを作成した。

顧客への供給を確保するという製造業としての責任も持つ。米国内にオレゴン州、テキサス州、カリフォルニア州にそれぞれIDMとしてのウェーハ工場を持つ上に、海外のファブメーカーとも契約しパートナーとして専用ラインを持つ。セイコーエプソンの酒田工場と台湾のパワーチップ社の200mmおよび300mmのラインをマキシムの専用ラインとして使っている。いわゆるファウンドリとして委託契約している台湾TSMCの分は全体のわずか5%程度しかない。

生産工場で特長的なことはミラー(鏡のように対称的という意味)工場を持っていることだ。インテル社のいわゆる「コピーエグザクトリ戦略」と同じである。同社の製品コンセプトにファブプロセスを合わせこみ独自仕様の生産工程となるため一般的なファウンドリには依頼できない。だから外部の委託ファウンドリではなく、しっかりとした専用ライン契約をする。TSMCへ委託しているのはどこでも作れるA-DコンバータやCMOSなどの製品だけ。東日本大震災の時は酒田工場が被害に遭っても2日後にミラー工場を立ち上げ、すぐに供給を開始できた。マキシムにとって酒田工場は少し前まで世界の15%の製品を製造していたという。

もちろん、こういったミラーファブは利益の出ている企業にしかできない。2011年6月末に2011年度の会計決算を終え25億ドルの過去最高の売り上げを記録したが、ファブの能力は35億ドル分持っているとしている。このため今回の震災のような事態が生じてもすぐに対応できた。

これからの課題として最も重要なことはシステムとソフトウエアの強化だという。アナログ半導体製品といえどもシステム力がなければ客に価値をもたらすことができないからだ。

(2011/10/18)

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