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特集:英国株式会社(10)大学がベンチャーを支援

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「エレクトロニクス・イノベーションのエコシステムができている代表的な地域は、ケンブリッジとブリストル地域だろう」とBERR Deputy DirectorのTim Goodship氏はみる。ともに大学があり、ベンチャーが集う街になっている。両地域とも、新しいベンチャービジネスが芽生えている。この二つの地域では大学発ベンチャーを生み、育て、世界企業と対等に競争できる企業へと向かわせよう、という目的意識を持って、これからのベンチャーに競争力を持たせるように育成している。それだけではない。

いずれの地域でも大学での研究を産業界に移転できるほど、革新的で社会的なインパクトも大きいと大学人が自負するなら、産業界にいる企業に技術を移転せずむしろ自分でベンチャーを作って社会に貢献しようと考える人たちがいることが日本とは決定的に違う。英国では、産学共同・技術移転をうたうなら責任持って、自分で起業するのである。

大学の発明を社会へ提供するCambridge Enterprise
ケンブリッジエンタープライズは、ケンブリッジ大学の関連企業として、大学で開発された技術を商品化したいと考えるケンブリッジ大学の研究者たちにさまざまなサービスを提供する。コンサルティングを代理したり、IP(知的財産権)を管理したりする。開発した発明内容を公開する方法などを含むさまざまなIPに関連する事柄を扱う。スタッフは全部で20~30名しかいないが、著作権という観点からもリサーチを行う。

出資金に関してはどのような出資形態にするか、ファンドの原資、などの相談にのったり、新会社設立に必要なリソースやツール、サービスなども提供する。若い学生・院生や博士号を取得した研究者がイノベーションを起こす場合ももちろんサポートする。

サポートとは、まず発明者のアイデアを商品化するために必要な支援や、起業して成功した人たちの経験を伝えたり、ビジネスプランの競合企業を見つけたり、ハイテクの世界で起きていることやケンブリッジのまわりで起きていることを教える、といったことだ。企業に対しては、大学での発明技術を商品化やサービスに具現化するために大学のコンサルタントとしてライセンス供与する。大学の発明を商品化しようとする起業したてのところへはVC(ベンチャーキャピタル)を紹介する。ある程度、企業と一緒になって商品化へのメドまでサポートすることもある。長期的な商品戦略を立てたり、最もふさわしい企業人を大学に紹介することもある。

ここではエレクトロニクス学部だけではなくライフサイエンスや化学部門などと一緒に産業界をサポートする。技術が大学にあり、それを産業界へ移転するという考えだ。ただし、学部によっては教育だけを行っているところもあるし、一口に研究した技術といってもそれぞれある。

どうやって役に立つ技術を見つけるか。研究者が優れた技術を開発したとき、所定の形式ができている書類に書いて提出する。スタッフも日頃研究者と良い関係を築いておき、どの分野のどの研究での第一人者は誰か、を常に把握しておく、とケンブリッジ大学ケンブリッジエンタープライズ社テクノロジーマネジャーのMargaret Wilkinson氏(写真20)はいう。ウェブサイトはもちろん利用する。企業側から大学の技術を欲しいと言ってくる場合もある。概して大企業は動きが鈍いが、中小企業は積極的だ。ケンブリッジ大学からスピンオフして起業してしまう場合も多い。


ケンブリッジエンタープライズ社のMargaret Wilkinson氏

写真20 ケンブリッジエンタープライズ社のMargaret Wilkinson氏


ケンブリッジでは、自前のシードファンドがある。1万ポンドから25万ポンドまで出資する。もちろん、大学の関係者だけでは出資の判断はできない。このためベンチャーキャピタルで10〜20年の経験者を雇っている。日本企業とは多くのコンタクトをとってはいるが、まだそれほど盛んではないとしている。

4大学コラボのSETsquared
ブリストル大学は、国からの予算割り当てが少なく、英国全土の大学の16番目にすぎない。このためベンチャーを支援する組織も一つの大学だけで行うのではなく、英国南西部の4大学をまとめた支援組織がある。これがSETsquaredと呼ばれる4大学連合組織である。4大学は、他にバース(Bath)大学、サザンプトン(Southampton)大学、サリー(Surrey)大学がまとまった。全部で6500名の教授などの研究者がいる。

ここは、ビジネスを作り出すための組織であり、大学発ベンチャーだけではなく、外国企業と合弁でベンチャーを作ることも可能だ。「ブリストルに来てベンチャーを立ち上げようという起業家にもSETsquareがサポートする」とブリストル大学SETsquared Business AccelerationのCentre Director、Nick Sturge氏(写真21)はいう。


SETsquaredのNick Sturge氏

写真21 SETsquaredのNick Sturge氏


もし人脈がなく知り合いが全くいない場合でもベンチャーとして認められれば、さまざまなサポートを受けることができる。英語でset squareとは三角定規という意味である。4大学を地図上でつなげると、四角形というより三角形になることから名付けた。

大学発のベンチャーを生み出す場合、インキュベーション段階に入る前にまずプリインキュベーション、プリインベストメントという段階から始まる。プリインキュベーションに入るときでも大学ですでに6~7年くらいは研究しているテーマであり、かつ価値のあるものでなければならない。ベンチャーとして誕生するとインキュベーションセンターに入ることができ、デスクや電話、コピー機などを借りることができる。

インキュベーションセンターでベンチャーとして動き出した後でも、さまざまな段階で、常に企業戦略を知っておく。インキュベーションセンターではベンチャーキャピタル(VC)を紹介したり、いろいろな企業を紹介したりする。ビジネス状況のレビューは4ヵ月ごとにチェックする。投資してくれそうなVCが来て問題点やコアコンピタンス、品質などを議論する。もちろん、業界のベテランたちもやってきて議論する。

SET squaredはベンチャー企業を育成するためのインキュベーションセンターとして評判が得られるようになってきている。その一方で、業界のベテランが審査するため、ベンチャーとして認定されない場合も多い。それでもこれまでベンチャーを興した企業は80社に上る(写真22)。


厳しい審査に合格し起業した80社

写真22 厳しい審査に合格し起業した80社


大学発ベンチャーで現在軌道に乗りつつある代表的な企業はXMOS社(特集(2)を参照)である。かつての名門企業であるInmos社で並列処理プロセッサを開発していたDavid May教授は、XMOS社を立ち上げた。本人は今でも大学の教授の仕事が主で、XMOSの経営にはほとんどタッチしていないが、創立者である。このXMOS社も当初は、インキュベーションセンターを利用していたが、ある程度ビジネス的に成功しスタッフが増えてくると、ここから出て行かなければならない。SETsquaredが次のベンチャーに対してサービスできなくなるからだ。

現在、インキュベーションセンターにいる代表的な企業として、Silicon Basis社とXintronix社を紹介しよう。Silicon Basis社は、SiTela技術と呼ぶ高集積で低消費電力のプログラマブルロジックのプロセッサIPコアを提供するIPベンダーである。11種類のコンフィギュラブルロジックを持ち、SRAMベースのIPであるが、その特長は既存のFPGAよりも8倍高集積で、電池寿命は動作時で4倍長く、待機時は10倍長持ちするという。性能的には600MOPS/mWが得られるとしている。SRAMベースのリコンフィギュラブルプロセッサIPであるため、Synplicity社やMentor社の設計ツールと互換性がある。

もう一つのXintronix社は大学のスピンオフではなく、これまでの企業での経験から、数Gbpsの超高速インターフェースチップを開発するベンチャーである。シンボル間干渉の問題を解決しており、USB3.0、PCIe3.0、シリアルSCSI、シリアルATAなど数Gbpsの高速伝送向けのチップを開発する。単なるプレンファシスではなく、イコライジング手法に独自技術を導入している。生まれたてのベンチャーであるだけに詳細を明らかにしないが、多段フィードバックにより、波形の広がり部分を打ち消す方法を使っている。特に、USB2.0はすでにボトルネックになっているというユーザーもあり、規格はまだはっきりしていないがUSB3.0への業界の関心はかなり強いという。シリアルインターフェースのイコライジング受信/送信ICチップを2009年初めにサンプル出荷にこぎつけたいとしている。

ベンチャーリスクは市場からの要求とのマッチング
英国や米国でのベンチャーといえば、規模は小さいがとても優れた技術、アイデアを持っている企業ばかりだ。特にVC(ベンチャーキャピタル)から2回目、3回目の資金を提供してもらうところは、有望だからさらに追加出資あるいは、新しいVCまでもが新規に出資する。

ただ、ベンチャー企業の技術そのものはこれまでにない優れたものには間違いないが、ベンチャー企業の最大のリスクは、市場の要求に合っているかどうか、という点だ。技術が優れていても市場の求めていない技術であれば企業はいずれつぶれてしまう。技術が優れ、市場の要求ともピッタリであれば必ず成長する。投資する意味がある。ここの見定めが難しく、「リスクを伴う」、とケンブリッジ大学からスピンアウトしたCamSemi(特集(8)を参照)の事業開発担当副社長のJohn Miller氏はいう。

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