「人を切らず工場も閉鎖しなかった」、リニアテクノロジーが回復戦略を語る
利益率が高くキャッシュフローの潤沢な戦略を採ってきている米リニアテクノロジーは、「2009年は、人を切ることをせず、工場も閉鎖しなかったことを誇りに思っている」と同社CEOのローサー・マイヤー氏はセミコンポータルのインタビューにこのように答えた。今年の世界的な不況でも社員を切らずに黒字を計上し続けた半導体企業はさほど多くない。
リニアテクノロジーは高性能分野に注力し、コモディティ製品もセカンドソース製品も作らないことが他社との大きな違いとなっている。「リニアの製品を使う顧客は差別化できる製品を持っていることになる」(マイヤー氏)。
リニアテクノロジーCEOのローサー・マイヤー氏
リニアが注力する市場は、主として工業用と通信インフラ、自動車。特に今年に入って、自動車分野での売り上げ増が著しい。「4年ほど前は自動車の売り上げ比率は4〜5%しかなかったが、2010年度第1四半期(2009年9月末)は13%になり今後20%を目指している」(マイヤー氏)としている。基本的に民生市場からは撤退し、今は産業用にシフトしているが、それは2005年ころから始まった。
民生から産業用へのシフトが大成功
リニアが産業用へのシフトを打ち出した戦略の要はコモディティからの脱却だ。2000年のITバブルの後、順調に成長したのはデジタルコンシューマや携帯電話向けのICだった。しかし、2005年ごろからこれらの製品はコモディティになり、価格競争に陥った。そこで製品分野、会社、セールス体制を見直した結果、産業用へのシフトを強めることを決めた。
2005年度に28%あった携帯電話とコンシューマ用のICは2009年度には13.9%、2010年度は8.9%以下を目指しているという。
事業見直しの最中の2006〜2007年は大きく成長しなかったが、2008年になって市場環境はあまり良くなかったのにもかかわらず、2008年度(6月に終了)は9%成長した。2009年度はこの6月に終わり会計年度通期で18%減と沈んだが、その後は回復基調にある。9月末の2010年度第1四半期は対前期比14%増の2億3610万ドルの売り上げとなった。ただし、対前年同期比ではまだ24%減である。それでも対前期比18%増の6070万ドルの純利益を上げている。
日本市場に関してもV字回復を推進している。2009年第1四半期に過去最高の売り上げを達成し、世界不況の影響で2009年第3四半期(09年3月期)に底に沈んだが、V字回復を成し遂げ2010年第2四半期(09年12月期)は受注額からみて過去最高になりそうだとしている。これは自動車と工業用が伸びたからだとマイヤー氏は言う。
日本市場では2009年度終了時点で自動車分野は売り上げ全体の24%だったが、09年の9月期だけでみると40%にも伸びた。自動車分野の中でも、電気自動車(EV)のリチウムイオン・バッテリスタック用コントローラLTC6802シリーズが売れた。今年の前半、日本の半導体大手は自動車用半導体の売り行きがピタッと止まったと言われていたことと対照的だ。実は、自動車用半導体でも従来のガソリンエンジン車の市場は動かなかったようだ。国内半導体大手がガソリンエンジン用のクルマを追いかけていた。
同社はこれからも産業へのシフトを一層強める。製品分野別では、電源関係やLEDドライバなどを含むパワーマネジメントが60%、データコンバータやインターフェースなどのミクストシグナルが20%、アンプやRFなど信号処理が20%。産業用にはもっと力を入れ、陳腐化するような製品は持ちたくないとしている。
ユニークなダイバンク
もう一つ、はっきりした戦略は、垂直統合の強みを生かしていること。設計から製造、アセンブリテストまでリニアが全てをまかない、そのためのファブを持っている。米国内2カ所あるウェーハプロセスから、マレーシアのアセンブリ、シンガポールのテストとロジスティクスのハブまで、すべて社内で賄っている。アセンブリにおいてもサブコントラクタを使わないため、さまざまなパッケージの要求があればいつでも作ることができるのも強みとなっている。特に、納期の点で極めて有利だという。どの製品分野でもリードタイムが最大でも4週間しかない。顧客からチップの要求を受け取ってから出荷するまでの期間が2〜4週間であり、高性能アナログの分野ではほぼ6〜30週間のリードタイムが一般的だ(あるディストリビュータの資料)。
リードタイムを短縮するため、同社はダイバンクと呼ばれるシステムを構築した。これは、ウェーハを生産したのちテストずみウェーハをダイバンクと呼ぶ社内の保管場所に半年程度キープしておく。顧客からその製品がほしいという要求があれば、チップをアセンブリし再度テストし出荷する。しかも、工業用でさまざまな顧客を抱えているため、ウェーハをダイバンクに預けているリスクは低い。加えて工業用製品のライフは長い。「もし、アセンブリをアウトソーシングしていると、顧客からの要求に対して早く応えることはできない。アセンブリのサブコントラクタ企業は景気回復時にどこもフル生産に追われるため、納期が遅れてしまう。わが社のダイバンクだと即座に対応できる」と同社日本法人の望月靖志氏はいう。
日本法人社長の望月靖志氏
SiPとしてのμModuleに注力
今後力を入れる製品分野には6つある。ブロードバンド通信のインフラ、LEDおよび液晶バックライト用LEDドライバ、自動車用高性能アナログ、ハイブリッドカー用パワーマネジメント、広い範囲の工業用、そしてμModuleだ。通信インフラはこれからもイノベーションが求められる。LEDはクルマのヘッドライト/テールライトなどにも使われる。自動車用では安全・快適・GPS・エンターテインメントなどを目的としてアナログICが多く使われる。特に最近、ハイブリッドカーではニッケル水素からリチウムイオンへ移行する時の難しい問題があり、それを解決するのがリニアが持つリチウムイオン・バッテリスタック用コントローラLTC6802シリーズだ。
μModuleは大きなファミリーとなっており、毎年拡大を続け、売り上げは倍々で増えているという。これは、2006年に発売され、数個のシリコンチップと10〜30個のコンデンサや抵抗、インダクタ、トランスなどを1パッケージに集積したSiP(システムインパッケージ)である。これまでに25種類以上の製品ファミリーに成長してきた。アナログのノウハウがない中小企業の顧客からみると、ICのように使え、かつシステムを小型にできるというメリットがある。プリント回路基板を1個のICにしたようなSiPであるため基板面積が80%、すなわち1/5に小さくなった例があるという。半導体メーカーがプリント基板の設計も手掛けるようなもので、顧客からみると一種のソリューションビジネスといえる。
省エネ、超低消費電力の極限ともいえるエネルギーハーベスティング製品も発売した。2009年12月1日にリリースしたLTC3108は0.02Vすなわち20mVという低い電圧を3.3Vあるいは5Vに昇圧できるパワーマネジメントICである。エネルギーハーベスティングは自然界のわずかなエネルギーを利用する技術で、振動から電気を作るピエゾ圧電素子や、自然界の電波からのRFエネルギー、温度差から電圧を発生するペルチェ素子など温度差を利用するデバイスから電源電圧を作り出す。自然界のエネルギーを利用すれば電池を置き換えることができる。今後、エネルギーハーベスティング製品をもっと拡大していく予定である。
顧客の声から経営トップが戦略を判断
民生から工業用へと舵を切ることを決めるのはやはり経営陣のトップマネージメント。かつてはカメラや携帯電話が成長したが、コモディティ化した時にもはやICには価値がなくなったと判断した。それは顧客にとっての価値が下がることを意味した。コモディティ化すると価格競争に変わる。リニアの特長である高性能製品がコモディティになったと顧客が気づけばリニアは方向転換するわけだ。リニアの経営陣は柔軟に方向を見ることができるから転換できるとマイヤー氏は述べる。
ある意味で常に顧客とともに動いているともいえる。判断の基準は常にバリューであり、品質、納期、信頼性、性能などのバリューがバリューではなくなると、価格競争が始まるという。デジタルコンシューマ製品がかつては半導体のドライバであったが、デジタルコンシューマにバリューがなくなったと判断したため、民生から工業用へとシフトすることを決めたとマイヤー氏は言う。
リニアは常に半歩先を行くことを心がけていると望月氏は言う。民生市場はコモディティ化するのが早いため、工業向けの中で新しいセグメントを探していく。自動車分野でさえも、カーナビなどのエンターテインメントやアフターマーケットには参入しないという。いずれ価格競争に変わると思うからだ。
リニアのデザインエンジニアが世界中に出張し、顧客のエンジニアと話合い顧客のニーズを知り、さらに将来のニーズも聞く。特に、デザインエンジニアの目標は、2〜3年先のニーズを捉えることであり、そのニーズに基づいて次の製品を開発していくとしている。