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特集:半導体に注力する英国株式会社 (1) 産官学一体でイノベーションを加速する

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イギリスが産官学をあげて半導体産業に力を入れている。英国は半導体ビジネスの成長性、重要性を認識していながら、国内には大手半導体企業が全くいない。どうやって半導体産業を育成し成功へと導くべきか。ここに英国の知恵が結集する。この特集は今後10年、20年を見据えて半導体ビジネスを推進していく英国をつぶさにレポートする。

イギリスは、半導体産業の重要性を認識し、半導体すなわちマイクロエレクトロニクス産業の充実に産官学で取り組んでいる。なぜ半導体か。「半導体の発光ダイオードはこれからの照明器具の主役になる、iPodという新しい電子機器を生み出し、パワー半導体は地球温暖化などの省エネを促進し解決の切り札にもなりうる。半導体エレクトロニクスは将来性のあるグローバル産業である」と英国政府DBERR(Department for Business Enterprises & Regulatory Reform;ビジネス・企業・規制改革省)のDeputy DirectorであるTim Goodship氏は言う。産業の食物連鎖でよく表現される半導体ビジネスのサプライチェーンを見る視点が日本とはまるで違う。


半導体が5兆ドル以上のサービス産業までを支える産業の食物連鎖

図1 半導体が5兆ドル以上のサービス産業までを支える産業の食物連鎖


上の図を見てこれまで多くの日本の半導体業界は、サービス産業と比べると半導体は小さい、と考えてきた。英国の産業界は全く違う。半導体マイクロエレクトロニクス産業は、エレクトロニクス産業から自動車や工業機械、軍、医用、民生機器などの製造業を支え、ひいては5兆ドルというサービス産業まで支える極めて重要な産業だ、という考えである。

半導体産業だけを見ると、これはエレクトロニクス産業の一部分にすぎない。しかし、テクノロジの3大トレンドである、コンピュータライゼーション(コンピュータ化)、ミニチュアライゼーション(小型化、微細化)、そしてモレキュラリゼーション(分子化、ナノテク化)の潮流と強くリンクしているのがエレクトロニクスであり、さらに言えば半導体産業なのである。エレクトロニクスは成熟した産業だという誤った認識から出発すると、最近のメガトレンドは理解できない。

後半で詳しく述べるが、80人以上ものノーベル賞受賞者を出しているケンブリッジ大学に設置されたCAPE(Centre for Advanced Photonics and Electronics)では今、エレクトロニクス学科は6つの学科のうちの一つにすぎないが、この学科にかける人数はほぼ半数に達すると、同大学CAPEステアリング委員会委員長のBill Crossland教授はいう(写真1)。


ケンブリッジ大学CAPEのBill Crossland教授

写真1 ケンブリッジ大学CAPEのBill Crossland教授


欧州大陸における共同コンソーシアム、EurekaプロジェクトやJESSI(Joint European Submicron Silicon; 1989-1996)プロジェクトの流れをくむ、MEDEA+(Microelectronics Development for European Applications)が最近発表した半導体デバイスの付加価値に関する資料(図2)によると、電子機器の中に含まれる半導体デバイスの比率はますます高まり、この5年間はむしろ加速している。このMEDEAプロジェクトは1997-2000年間の共同コンソーシアムであったが、半導体の出番はむしろこれからだという図2の認識に従って、2001年から2008年までのプロジェクトMEDEA+を策定した。


電子機器に占める半導体チップの割合は加速する

図2 電子機器に占める半導体チップの割合は加速する


MEDEA+の標榜する半導体デバイスとは、System Innovation on Siliconである。すなわちシステムの変革をチップ上で実現すること。システムの変革にはシリコンチップが欠かせない。さまざまなシステムを作る上で、そのシステムを半導体チップで実現して、どこにも負けない競争力のあるシステム製品を差別化しようと考えている。だから、これから半導体が重要になる。

欧州大陸には、世界のトップテンに入る半導体企業が3社ある。STMicroelectronics、NXP Semiconductor、Infineonである。InfineonはQimondaに分割したが、半導体のビジネス活動は決して衰えていない。

これに対して英国には大陸の3大企業に匹敵するような半導体大企業はない。SME(small and medium enterprises)と呼ばれる小さな企業ばかりである。だが、この中でも力を付け、着実に成長してきている半導体メーカーが出てきている。32ビットプロセッサコアのIPをライセンスするARM社、Bluetoothチップで世界シェアの80%を握ると言われるCSR社、低消費電力のオーディオチップで成功したWolfson Microelectronics社、グラフィックスや携帯テレビなどマルチメディアIPで最近急成長しているImagination Technologies社、コンフィギュラブルプロセッサのIPを開発し米国企業とランセンス活動を活発にしているARC International社など、1990年代に設立されたベンチャーが大きく育ちつつある(図3)。


英国の主な半導体企業は着実に成長している
英国の主な半導体企業は着実に成長している
英国の主な半導体企業は着実に成長している
英国の主な半導体企業は着実に成長している

図3 英国の主な半導体企業は着実に成長している


こういった半導体産業を支えている組織の一員として実は政府も関与している。ただし、政府の支援といっても、国家プロジェクトとして企業に補助金を与えるという仕組みではない。むしろ、企業への補助金は1円も出さない。新たに起業するベンチャーに対しても政府や国立大学が出資しないことはないが、資金ではなくむしろ、オフィスの貸し出しや、人脈、経営のエキスパートなどの紹介などを中心に支援する。ここが日本の制度とは決定的に違う。政府からいくらお金を引き出すかとか、政府は民間企業に対していくら欲しいかという、お互い甘えの構造ではグローバル競争に勝てないことを英国政府も民間企業も十分認識しているからだ。

教育は文科省、研究は経産省
今の英国には、サッチャー改革の思想、サッチャリズムがしっかり受け継がれている。「民間企業が自分の自由意思で市場に自由に参入できる社会を目指す」というサッチャー元首相の明確なビジョンは政権が労働党になっても受け継がれるどころか、ブラウン新政権は改革をさらに進めている。改革は企業や行政だけではない。大学へも求められ、大学は社会の役に立つ研究、すなわちもっとビジネス志向へと変わってきている。例えば、大学の教育に関しては、日本の文部科学省に相当するDIUS(Department for Innovation, Universities & Skills:イノベーション・大学・職業技能省)が担当し、大学の研究に関することは経済産業省に相当する、DBERRが管理する。世の中に役立たない研究は認めない。このため大学は産業育成に大きく貢献するという使命をもつことになった。

実は、昨年7月まで日本の経産省に相当していた、旧DTI(Department for Trade and Investment:貿易投資省)はブラウン新政権のもとで組織改革し、DBERRとUKTI(UK Trade and Investment:英国貿易投資総省)に分かれた。目的はビジネス成功への環境作りである。このため政府は、あるときは民間企業のスポークスマンを務めたり、あるときは海外企業の誘致や海外企業との提携などをサポートする。一方、文科省に相当していた旧DES(Department for Education and Skills:教育職業技能省)はDIUSとして変わり、知識ベースの経済をサポートするための教育的な省に変わった。

英国では、海外に対してオープンな姿勢をとる。海外企業を英国へ積極的に呼び込む。海外企業の英国への直接投資は世界で最も多い。対GDP比でみると、1990年に平均20.6%、2000年30.4%、2005年37.8%、2006年には47.8%と年々大きくなっている。これだけ海外からの直接投資が多いからこそ、英国内でグローバル競争が行われ、英国企業は自分たちの強みをしっかりと理解する。これに対して日本はジェトロによると、日本における海外からの直接投資が2000年に対GDP比で0.3%、その後小泉元首相の掛け声で外資導入を進めた結果2006年にようやく2%程度になったという。フランスやドイツなどと比べてもまだ桁違いに少ない。

企業が英国に集まる
海外からの投資を増やしてきたこともサッチャー改革の一環である。1970年代~80年代、英国内の製造業は海外へ流出し、英国に残った企業は設計が得意なところが多かった。並列コンピュータの原型であるトランスピュータを発明したInmos社、高周波回路が強かったPlessey社、通信のMarconi社(のちのE-System社)という大企業がかつてあった。これらは、設計が得意で、カスタム設計を請け負い、製造は海外のコントラクトメーカーに任せ、自らはサプライチェーンを管理した、とDBERRのDeputy DirectorであるTim Goodship氏は述懐する(写真2)。

DBERRのDeputy DirectorであるTim Goodship氏

写真2  DBERRのDeputy DirectorであるTim Goodship氏

90年代に入ると、大きな製造企業は英国に戻ってきた。ドイツのSiemens社や米国Motorola社、富士通などがやってきた。「英国は、これによって設計から製造まで幅広いポートフォリオが出来上がった」(Goodship氏)。

続いて、海外の大企業は設計拠点を求めて英国へやってきた。日立製作所はケンブリッジに研究所を設置し、富士通やInfineonもR&Dセンターや設計拠点を置いた。STMicroelectronicsもブリストルに設計拠点を置いた。このようにして英国に設計のバリューチェーンが出来上がり、設計に強い英国が確立してきた。
 
時期を同じくして、90年代には米国のシリコンバレーを中心にQualcommやBroadcomなどファブレス半導体企業が登場した。「英国でもスコットランドのWolfsonがファブレスモデルに切り替えて成功を収めた。2007年には2億3000万ドルの売上を計上するまでに成長した。1998年にはケンブリッジコンサルタントからスピンオフしたCSR社が創立され、今や8億ドルのファブレス企業になった」とGoodship氏は言う。

同氏は続けて、「これと少し遅れて、似たようなビジネスがブリストル市(英国西部のウェールズとの州境)に生まれた。PicoChip社(WiMAXにでもLTEにでもどちらでも切り替えられるマルチコアDSPのベースバンドチップを設計している)や、Icera社(HSDPAなどの3.5GやW-CDMAなどのベースバンドチップを半分のチップサイズで実現するソフトウエア志向のアプリケーションプロセッサチップを設計している)とも面白い会社で、ケンブリッジにはCamSemi(電源コンセントにさすプラグと同じ大きさのAC-DCコンバータを設計している)という面白い企業もある。プラスチックトランジスタを開発しているInnos社もある」と言う。
 
こういった企業は最近日本でも徐々に注目されており、設計技術がきわめてユニークである。コンフィギュラブルなプロセッサであったり、超並列のマルチコアDSP、聞けば目から鱗の高効率なパワーマネジメントチップであったりする。しかも、起業するビジネスマンやエンジニアには生粋の英国人もいることはいるが、BroadcomやCadence、Lucent、LSI Logicなどの米国企業や、PhilipsやSTMicroelectronicsといった欧州大陸企業などから英国に戻ってきた企業家も多い。中には日本のルネサステクノロジから英国に戻り起業したビジネスマンもいる。文字通り、グローバルな人材が今、英国に結集している。

まずこういった元気の良い企業を紹介し、続いてまだ起業したてのベンチャーやそのベンチャーを育成する大学のTLO(技術移転機構)や大学の起業支援の仕組み、政府の考え方などを今後の連載で紹介していく。

(続く)

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