Semiconductor Portal

HOME » セミコンポータルによる分析 » 経営者に聞く

日本は海外パートナーとエコシステムでソリューションを提供できる

中村 勝史氏、アナログ・デバイセズ株式会社 代表取締役社長・CEO

米国のAnalog Devices, Inc.(ADI)から日本法人のアナログ・デバイセズにやってきた。11月1日付けでアナログ・デバイセズの代表取締役社長に就任した中村勝史氏は、海外生活が長くCarnegie-Mellon大学で工学博士号を取得したのちに1994年にADIに入社した。ADIが得意とするCMOSデータコンバータの開発に従事し、2015年には本社のCTO(最高技術責任者)に就任した。新アナデバ社長中村氏に聞く。

図1 アナログ・デバイセズの代表取締役社長に就任した中村勝史氏

図1 アナログ・デバイセズの代表取締役社長に就任した中村勝史氏


中村氏はCMOSのA-D/D-Aコンバータ、いわゆるデータコンバータの開発に力を注ぎ、CMOSのアナログICを立ち上げたというADIの本流を歩んできた人間。このCMOSアナログICが民生に使われるようになり、日本市場で成長を遂げた製品に育てた。90年代から2000年ころまで日本には頻繁にやってきて、技術だけではなくビジネスも経験してきた。2011年からコンシューマ統括のプロダクトライン・ディレクターに就任、2015年からCTOとして、医療及びコンシューマビジネス本部の技術戦略を主導してきた。19年にはIEEEフェローにも任命され、文字通りテクノロジーの王道を歩み、会社の中でもエリートコースを歩んできたと言えそうだ。

数年前、日本法人の馬渡修社長から日本法人の技術アドバイザになってほしいと要請され、2019年からアナログ・デバイセズ社のシニアディレクタとして産業・医療・通信セールス本部を統括してきた。そしてこの11月に日本法人の社長となった。実は、もっと早く日本に来るはずだった。2月にいったん米国に戻った際に新型コロナウイルスによるロックダウンがあり、航空機は運航停止状態が8月まで続いた。成田に着いた後も14日間の隔離を経てようやく都内に入ることができた。

ADIは技術が売りの会社だという自負を持っている。最先端製品をいかに早く顧客に届けるかが勝負で、そのために技術を高いレベルに上げることが不可欠だとしている。しかも半導体ビジネスの特長の一つである規模(スケール)を拡張できるようにすることも必要だとしている。

ADIはこれまでも企業を買収し、成長を続けてきた。買収を強化する理由は、能力(Capability)を獲得するため、と中村氏は述べている。2017年にLinear Technologyを買収、今年はMaximに買収提案した。能力を獲得し、製品ポートフォリオを強化すること、さらにアナログ人材も確保することがその目的だとしている。ADIはデータコンバータに強いが、Linearのような大中電力のパワーマネジメントICはないことはなかったが弱かった。また、5Gや6Gに欠かせないワイヤレス技術も弱かったため、2014年にHittite Microwaveを買収し、「RF(無線)からビットまで」を標榜できるようになった。

人材の確保についても、人の能力を大切にする企業である。世界各地にデザインセンターを44カ所設けているが、ADIの本社があるボストン近郊には行きたくない、あるいは行けない事情がある者にはその人のいる場所をデザインセンターとしてきた。これはLinear Technologyとも同様の方針であり、優れたアナログ技術者を確保するための戦略である。リーマンショックで企業の収益が悪化した時も簡単には首を切らなかった。筆者が会ったLinear Technologyの会長であったBob Swanson氏は、リーマンショックで企業経営は苦しかったが、一人も首を切らなかった、と胸を張っていた。

中村氏は今後、日本でのカバレージを拡大していきたいという。現在、ADIは2019年の売上額が応用別に、産業向け50%、通信向け21%、クルマ向け16%、コンシューマ向け13%という製品構成となっている。産業向けは足が長く、結果に時間のかかるビジネスである。今年は新型コロナウイルスの影響をまともに受け、つらい年だったという。

産業向け製品は日本のオートメーション技術が中国で使われていることから中国依存性が強かったが、今年の後半あたりから徐々に回復してきたという。2020会計年度では、2020年1月期の第1四半期(1Q)では、前年同期比15%減の13億ドルに留まり、4月末の2Qでも14%減の13.2億ドル、7月末の3Qでようやく2%減の14.6億ドルとなり、徐々に回復基調にある。11月24日に発表された4Q(10月末)の決算では、ようやくプラスに転じ、6%増の15.3億ドルとなった。2020年度はマイナスの一桁減の56億ドルではあるが、営業利益率は約40%を確保したと同社のCEOのVincent Roche氏は述べている。

車載向けは、最近になって回復してきた、と中村氏は言う。特に日本はクルマ産業が強いが、1年間では約20%低下すると予想している。この2〜3カ月、中国での回復が早く、中国のクルマ向け半導体は月産でのピークを越えたとしている。

力を入れているのはヘルスケア分野。ここではパーソナル化に向かっている。例えば超音波診断装置はかつてデスクトップタイプであったが、今やスマートフォンなどで胎児の姿を見られるようになっている。ADIは医療やヘルスケアのパーソナル化に力を入れている。ウェルネスや病気の早期発見できるソリューションの開発も力を入れている。

日本市場に関して中村氏は悲観していない。「日本は新しいものを取り入れるトレンドセッターになっている」と述べる。MicrosoftとNECが一緒になって通信基地局のO-RAN(Open Radio Access Network)の技術開発に取り組んでおり、光などで深さ方向のイメージングができるToF(Time of Flight)技術の応用にも強いという。

ただし、日本だけで閉じていれば発展しない。ソリューションが提供できないからだとする。このためには海外企業とのパートナーを組むエコシステムの構築が重要となる。日本企業のグローバル化が求められていると指摘する。日本は新技術の取り込みは早いが商品化は遅い。ただし品質の高い製品が出てくる。一方で、中国は商品化が早い。産業向けのオートメーションをはじめとする自動化技術に関しては、世界が日本を見ているため、日本のモノづくり分化は誇りを持つべきだと語った。

(2020/12/02)
ご意見・ご感想