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独立・専業・戦略セグメント特化を基本とする新生ルネサス

2016年6月にルネサスの代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)に就任した呉文精氏。呉氏は、経営を業務とする道を2003年以来歩んできた。GEフリートサービスで代表取締役社長を経験した後、2008年にカルソニックカンセイの社長、そして2013年日本電産の副社長を経て、今年ルネサスのトップに就いた。ルネサスをどう引っ張っていくか、語った。

呉 文精氏、ルネサス エレクトロニクス株式会社 代表取締役社長兼CEO

呉 文精氏、ルネサス エレクトロニクス株式会社 代表取締役社長兼CEO


「経営者は、オーケストラで例えるなら指揮者である。バイオリンなどを弾かないで全体を合わせることがその役割だ。エンジニアは楽器の演奏者のようなもの。個々のスキルは非常に高いが、誰か合わせる人がいなければ企業は回っていかない。自分は、半導体は専門外だが経営は得意だ。経営の基本は、十分意見を聞いて、なるべく早く決断し、即実行することに尽きる。あくまでも会社全体のコーディネーションであり、マイクロマネージはやるつもりはない。これをやればみんな指示待ちになるからだ」。呉氏は、まず経営の心構えを述べた。

ルネサスの強みも理解している。「ルネサスには付加価値を提供できるモノは十分ある。ルネサスの最大の強みは車載マイコン。NXP SemiconductorsがFreescale Semiconductorを買収してクルマ用半導体でトップに立ったと言うが、車載マイコンでは依然としてルネサスがトップだ。これを競争力の源泉としていく。

カーエレクトロニクス市場では、これからの自動運転やADAS (先進ドライバ支援システム)の中で、情報や制御で大事な所はどこか、を考えると、やはり信頼性・堅牢性ではルネサスが強い。インフォテインメント系だとIntelやQualcommが強いだろうが。クルマは、止まる・曲がる・走るという3原則から最近はコネクテッドカーへと広がりを見せている。しかし、インターネットを通じて自動ブレーキをかけるのは、セキュリティ上、良くない。だからこそ、チップにセキュアゲートを設け、ハードウエアをセキュアにすることでサイバー攻撃からクルマを守る。この技術もルネサスの強みとなっている」(同氏)。

呉氏はオセロゲームでビジネスを例えながら、「四つの隅は絶対にひっくり返されない強みを置く。この隅からひっくり返らない領域を増やしていくことが、基本となる。盤の全体を見て構成していく戦略ではひっくり返されるリスクが大きい」と着実に成長していける戦略を語る。もはや量で勝負できる時代ではないことを十分に理解している。

M&Aに対しても、これまでの失敗を冷静に分析する。「同じような製品を提供する企業が合併しても成功しなかった。製品の数量を増やすために合併するなら、固定費の削減効果以外は全く期待できない。M&Aを行うのなら、戦略的な買収を考えている。自分にはない強い製品を相手が持っているとか、製品がダブらないことが基本。わが社と同じものを作っている企業とは一緒になっても売り上げは伸びない。しかもユーザーは複数購買を基本としているため、合併するとユーザーにとっては1社購買になり供給先が減るため調達リスクが増大する。

戦略的なM&Aは、同じ製品の強さではなく、自分の持つ隅を強くするか、オセロのもう一つの隅を手に入れるか、である。いずれも隅を強くすることが基本となる。もしInfineon Technologiesと組むのであれば、ルネサスにどのようなメリットがあるだろうか。メリットがなければよい相手でも組めない。M&Aは相手次第なので、買収すべき企業のコンタクトリストを持っており、M&A可能な分野と相手とのマトリクス表をすでに作成している」(同氏)。

ルネサスの強みである、信頼性・品質管理に関しては、「これまで経営上の問題があった時も品質の問題を起こしたことがない。車載市場では、新しいデザインインも増えている」と語る。車載市場は売り上げに貢献するには4~5年かかるため、車載用マイコンなどですぐに結果は出ない。デザインインから採用決定、量産へと進めば必ず売り上げが上がっていくはずだ。

「これまではリストラを繰り返し、経営上の問題を先人たちが解決してきた。これからは攻めに行く番だ」と言う。「これまではキャッシュがなかったため、開発投資はできなかったが、今は幸い手元にキャッシュが4000億円ある。クルマはデザインインから5年で売り上げが立つビジネスなのでリスクはあるが、コントロール可能なリスクだ」、と自信を見せる。投資すべき対象は設備というより開発投資になりそうだ。

だからといって、ファブレスになるつもりはない。ルネサスの強い分野には設備投資も強化する。これから決めるようだが、「6インチファブをどうするか、全てをファウンドリに委託する訳ではない。OSAT(後工程とテストを専門にする請負業者)との配分をどうするか、隅を持たない自前工場は意味がない。コネクテッドカーをセキュアにすることは隅を強化することにつながっている。また、一部のパワー半導体やアナログのプロセスは門外不出にして必要なものには投資していく」と強い部分のプロセスはさらに強化する。

半導体産業では、80年代に強かったのはIDM(垂直統合型の半導体メーカー)だった。すり合わせで良いものを安く作ってきた。しかし、デジタル化が進み標準化されたモジュールが全盛になると、半導体だけではなく日本のエレクトロニクス産業が低下してきた。欧米・アジアがデジタル化と水平分業を進めたのに、相変わらずすり合わせを続けてきたためだ。水平分業であるEMS(電子機器の製造を専門とする請負業者)やファウンドリ、OSATなどの時代になると、「どこで勝負するかを見つけた企業が勝ち、見つけられなかった企業が負けた」と分析している。

半導体産業の流れは、得意な分野、カテゴリーキラーが勝つようになっている。全体的には独立系・専業が流れになっている。

発行株式総数の69.15%を持つ産業革新機構が株式を手放すことが話題になっているが、ルネサスの株を買いたい企業は多い。これからの成長分野である「ADASやIoT (Industry 4.0) では、モータを持っている企業が強い。ユーザーであるボッシュやファナック、安川電機、日本電産はモータを持っている。(かつて勤めていた)日本電産がルネサスに関心を示していることはありがたいと思う」と述べるが、「一定のシェアを持つのであれば良い」と釘を刺すことを忘れない。

ドイツSiemensからスピンオフしたInfineon Technologies、オランダPhilipsからスピンオフしたNXP Semiconductors、Hewlett-PackardとAgilentからスピオフしたAvagoなどは全て親会社の株式が今やゼロである。独立した当初は、少し10%程度の株式を持っていた。グローバルな半導体産業は独立・専業を特徴としており、戦略セグメントに特化している。「ルネサスも『独立・専業・戦略セグメント特化』を基本としていきたい。日本電産に対しても同じスタンスである。産業革新機構の株式譲渡問題はあくまでも機構側が決断することであるから、ルネサスには権限はないが、要望として、当社は独立・専業・戦略セグメント特化を成長戦略の柱にしていることを述べてきた」と語っている。

また、ルネサスの親会社からの独立に関しては、「親会社には助けてもらった。今や病気入院からようやく退院したくらいにすぎない。親会社に対する恩返しは本当の健康体にすること」と言葉を選びながら述べている。今後の成長に向けて改善策を9月までに打ち出し、年内には数字を入れた中期計画を立てたい考えだ。

(2016/07/14)
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