ベテランの目利きが成長分野を嗅ぎ分け、企業を成功へ導く、LTCの戦略
ロバート・スワンソン会長、リニアテクノロジー(Linear Technology Corp)
ローサー・マイヤーCEO
望月 靖志 代表取締役
リニアテクノロジー(LTC)が記者向けのブリーフィングを都内で行い、創業者であり取締役会会長でもあるロバート・スワンソン氏と現在社長兼CEO(最高経営責任者)であるローサー・マイヤー氏が技術経営の本筋について述べた。利益率が常に30%〜40%と健全な財務基盤を持つリニアが語る成長戦略の立て方とは何であろうか。
図1 リニアテクノロジー経営陣 左からスワンソン会長、マイヤーCEO、望月代表取締役
LTCは1年前にエネルギーハーベスティング用のDC-DCコンバータを製品化した。これはわずか20mVという低い電圧から3V程度の電圧まで昇圧するDC-DCコンバータである。さらにその1年前には電気自動車用リチウムイオン電池のバラつきを補償する制御用ICを製品化している。これは、大量の数のリチウムイオン電池を直列接続する自動車用途において充放電を繰り返すうちに個々のセルの特性がバラついていくがそれを補償しようというICだ。共に時代を先取りしたICチップである。
リニアにはこういった先端の高性能あるいは高機能、高精度などの製品が多い。だからリニアの製品は決して安くはない。しかし顧客は同社の製品を高くても買う。なぜか。これをローサー・マイヤーCEOは以下のように説明する。「私たちの提供するのはソリューションを含めた製品であって単体の製品ではない。例えばLTCの製品単価が1.4ドルとしよう。他社の同等品は1.25ドルと安い。しかし、他社製品ではコイルやディスクリートFET、コンデンサなどが必要ならトータルコストは1.59ドルにも膨らんでしまう。LTCの製品は外付け部品が要らないためトータルのソリューションコストは結局LTC製品の方が安い、ということになる」。
このようにソリューションを提供するとユーザーは、高くても納得する。LTCは他社にはできない技術を開発し差別化することでリードを保ち、製品価格を下げずに勝負する。システム全体でみるとユーザーは1チップになり周辺のディスクリートが要らなくなったため、コストダウンできる。LTCは高く買ってもらえる。これこそが、ウィンウィンの関係といえる。
日本の半導体メーカーには、「リニアだからこんなことができるが我が社ではできない」、と考えるサラリーマン管理職が実に多い。このような否定的な考えをやめなければ成長できないということを認識すべきだ。どうやればできるのか、リニアはどうしてできるようになったのか、ここに着目して、なぜ日本ができないのかを分析し、できるためにどうすべきかを考えるべきだろう。
図2に見られるように、2005年まで順調に進んできたリニアの成長は2006年ごろから伸びが鈍化し、ビジネスが行き詰ってきた。このためどうすればこれまでのビジネスモデルを突破できるかを考えた。その一環として注力したのが民生から産業用へのシフトである。民生用が中心だとヒットした時の売り上げは爆発的に増えるが、ヒットしなければ赤字を計上する。まるで博打のような分野だ。安定的に成長するために選んだのがB2Bの本流である産業用へのシフトである。
図2 2006年から始めた産業用へのシフト 出典:リニアテクノロジー
産業用へのシフトの効果が出たと思いきや2008年から2009年にかけて世界同時不況がやってきた。ようやく2010年度(2010年6月期末)が終わったときに本格的な効果が表れるようになった。この直近の回復力はすさまじい。6四半期連続ほぼ2ケタ成長を続けているのである(図3)。産業機械、医療機器、エネルギー、テスト装置、センサーネットワークなどの産業分野と、通信インフラやネットワーク機器の通信分野、そして自動車分野に軸足を移した。
図3 回復力はすさまじい 出典:リニアテクノロジー
しかし、産業用へのシフトは、これまでの民生用の顧客に対して新たな製品提供を止めることを意味する。同社日本法人代表取締役の望月靖志氏は、「民生用を止め、産業用へシフトすると本社から言われると、その分売り上げは落ちるから大変だった」と述懐する。「しかし、どうやって他で稼ぐか、我々は知恵を絞った。この苦労があったからこそ会社は成長した」と続ける。
この産業へのシフトを決断したのはスワンソン会長だった。望月氏は、「これまで民生を推進してきた本人には特に強い思い入れがあるはずなのに、よくぞ決心された」と感心したという。
産業用へのシフトの陰に隠された、急速の回復力には実はもう一つ重要な戦略があった。それはダイバンク(Die Bank)構想だ。これは生産したウェーハのチップを保存しておく方式だ。今回の不況が襲って来た時は、これまで生産してきたチップをむしろ保存してためておいた。景気が回復し始め、注文が入ったときはリードタイムが最大4週間で出荷した。シリコンチップをマレーシアのペナンでアセンブリし、シンガポールで最終テストした後出荷する。もしウェーハ工程から作り始めるとなると、12~18週間はかかる。クイックデリバリーは顧客をつなぐ昔からのビジネス手法だ。顧客の生産ラインはすぐに立ち上がり、顧客はビジネスチャンスを生かすことができる。
このダイバンク構想は、いわばチップを在庫として持つ。スワンソン会長は「リニアのように財務体質がしっかりしている企業だからこそ、これができる」と語る。また、産業用製品だからこそ、10年に渡って同じ製品を使い続けることが可能だ。LTCには製品化して27年間出荷し続けている製品があるという。この間プロセスは全く変えない。産業用の顧客にとってはありがたい。
その一方で、リニアはエネルギーハーベスティングや電気自動車など最先端の要求に基づいたICをどこよりも早く製品化している。なぜこれができるのだろうか。そのカギを握るのは、優秀なエンジニアである。米国カリフォルニア州シリコンバレーに本拠を置く同社のデザインセンターは世界各地12カ所あり、そこに300名以上のアナログ設計エンジニアがいる。
米国だからアナログエンジニアを確保できる訳ではない。どうやってエンジニアを確保するのか。かつて、スワンソン氏にインタビューしたとき彼は次のように語った。「米国でさえ日本と同様、アナログエンジニアは不足しており、獲得に苦労する。もし東海岸のボストンで優秀なアナログエンジニアを見つけても西海岸へ来る気がないなら、ボストンをデザインセンターにする」。
優秀なエンジニアが製品開発をリードするが、リニアにはマーケティング技術者はいないという。エンジニア自らが顧客の元に行き、顧客と話を交わす。アナログ回路設計を20年も経験したエンジニアなら、どちらかといえばアナログよりもずっと簡単なデジタル回路の知識も持ち合わせており、アナログ回路、新デバイスなどシステム作りのあらゆることを知っている。本社からも優秀なシニアエンジニアが日本に出張し顧客を回り日本のニーズを知る。
優秀なエンジニアが顧客と2~3年後のシステムの姿について、とことん話し合い、次の製品をしっかりイメージする。顧客との話し合いの中から、欲しいニーズを想像していく。代理店に出向くのは営業マンであり、エンジニアではない。技術の知らない営業マンが顧客のエンジニアの元に出向いてもニーズをきちんと把握できない。経験豊富なシニアエンジニアがしっかりとつかみ、本社に戻って設計を始めることで、顧客のニーズを先取りした製品を出せるという訳だ。
ローサー・マイヤーCEOは、「われわれは市場シェア1位になることは考えていない。利益をしっかり生みだすことに注力する」として黒字経営を薦めることを第一にした経営戦略を重視している。