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個別部品を搭載したチューナーよりも性能を高め、全世界のテレビ市場を狙う

Tyson Tuttle氏、ブロードキャスト製品担当ゼネラルマネジャー、Silicon Laboratories

通信、ネットワーク、放送向けなどの半導体チップを得意とする米国のファブレス半導体メーカー、シリコンラボ社(Silicon Laboratories)は、純粋のCMOS技術だけを利用して1チップのテレビ用チューナーを開発した。このほど日本市場にターゲットにして来日した同社ブロードキャスト製品担当ゼネラルマネジャー兼バイスプレジデントのタイソン・タトル(Tyson Tuttle)氏に製品戦略を聞いた。

Silicon Laboratories ブロードキャスト製品担当ゼネラルマネジャー Tyson Tuttle氏


Q(セミコンポータル編集長 津田建二):今回は、製品を記者会見という形で発表されましたが、来日の目的は何ですか。
A(シリコンラボ社ブロードキャスト製品担当ゼネラルマネジャー兼バイスプレジデント タイソン・タトル氏):日本は民生市場でのリーダーです。特に、テレビは日本が得意で強い市場です。日本には、ソニーやパナソニック、シャープ、東芝などテレビ産業世界のトップテンに君臨するメーカーが集まっています。彼らに新製品を知ってもらうのが今回の目的です。

Q:日本ではどのようなチャンネルで製品を売られる予定ですか。
A:2001年に設立した日本法人は製品のサポートを行い、実際に専任のフィールドアプリケーションエンジニアも抱えています。販売は代理店であるマクニカを通します。シリコンチューナー製品が開発された初期の段階はサポートが重要ですので、日本法人がしっかりカバーします。

Q:この製品の特長は、受信感度が高いことと、所望の周波数の搬送波以外の電波(妨害電波)をブロックする能力が高いこと、だと記者会見で強調されましたが、これによって何がどう変わるのでしょうか。
A:これまでにもシリコンチューナーはありました。米国のベンチャー企業のエクシーブ社(Xceive)が2006年に製品を開発していました。しかし、個別部品で作る従来のチューナーと比べて、受信性能が劣り、妨害電波からの耐性も良くありませんでした。このためパソコンにUSBドングルのチューナーを指して使うPCTV方式と、応用が限られていました。
もちろん、個別部品のチューナーは受信感度が高く、妨害波にも強かったので、結局据え置き型テレビには個別部品のチューナーが使われてきました。しかし、感度を上げるために周波数ごとに感度を合わせ、干渉波を抑えるといった調整に時間がかかっていました。
今回の製品は、顧客にとって調整の全く要らないシリコンチューナーでありながら、性能も個別チューナーを初めて超えるものです。ですから、据え置きテレビ(地上波、ケーブル共)向けのチューナー市場を中心にセットトップボックスやPCTVの市場も狙います。PCTVの画質が格段に上がります。
従来のシリコンチューナー製品が結局テレビ市場に入らなかったので、私たちはテレビメーカーから要望をしっかり聞きました。テレビメーカーは妨害波と感度を問題視しました。例えば、東京タワーの下は、FMラジオやいろんなテレビ局の電波など、電波環境としては妨害波だらけの最悪の環境です。一方で、東京タワーから遠く離れた地域でも受信できるかどうかという感度を高める必要もあります。
 
Q:テレビ市場をどう見ていますか。
A:全世界のテレビ市場は毎年3億台のポテンシャル市場があります。これまではアナログに加え地上波デジタル、あるいはケーブルデジタル放送もこれから普及します。加えて、将来のテレビが2画面テレビとなるとチューナーも2台必要ですが、シリコンチューナーは小さいため、複数のチューナーを搭載するときは有利になります。将来、多画面テレビが増えてくれば、テレビの台数よりもずっと多いシリコンチューナーが期待できます。
今回のシリコンチューナーはこれまでの個別部品によるチューナーと比べて極めて小さく、ボード面積が2.2cm2しかありません。厚さはシールドメタルをかぶせても2.5mm程度に収まります。


上が今回のシリコンチューナー、下は個別部品によるチューナー

上が今回のシリコンチューナー、下は個別部品によるチューナー


このことは最近の液晶テレビの薄型化にもマッチします。個別チューナーでは10mmバリヤがあって厚さは10mmを超えますが、このシリコンチューナーはその中に十分収まります。
 
Q:このチューナーを、アナログとデジタルの両方の変調方式をカバーしているのでハイブリッドチューナーと呼んでおられますが、日本ではアナログ放送は2011年に終了します。アメリカでも今年の7月に終了します。なぜ両方の方式を集積したのですか。
A:アナログ放送が全世界で終わるのはまだまだ先、5〜10年はかかるからです。今生産中のテレビメーカーも世界市場に向けアナログチューナーを積んでいます。USAでアナログ放送が終わっても隣のカナダやメキシコではまだ続いており、アナログ放送は国境を越えて電波がやってきます。

Q:デジタル放送の変調方式は各国によって違います。米国ならATSC、日本はISDB-Tすなわち13セグ、欧州ならDVB-Tなどがあります。このチップはどこまでカバーしていますか。
A:この製品はこれら三つの方式をすべてカバーしており、しかも地上波だけではなくケーブルテレビの規格もサポートしています。アナログテレビ規格では日米のNTSCだけではなく、PALやSECAMなど世界中に対応しています。さらに別の規格が登場しても、DSPによるプログラマブルなデジタルフィルタも集積していますので、フィルタ係数を変えることで対応できます。ですから中国独自方式などにも対応可能です。
プログラマブルにしたのは、たとえば米国ではチャンネルの帯域幅は6MHzですし、欧州だと国によって7MHzあるいは8MHzの帯域です。それぞれの帯域に合わせてフィルタもプログラマブルに変えます。DSPならフィルタ係数をプラグラマブルに変えられます。アナログフィルタは色のレスポンスなどは方式ごとに作り込まなければなりません。


Si217x


Q: RFからIFまではデジタルフィルタで変えられますが、デジタル復調回路は集積していません。なぜですか。
A:今はSi2165デジタル復調ICを欧州向けに量産しています。しかし、今回のSi2170と一緒にいずれ1チップになると思います。デジタル復調ICはIF周波数が低いので、プリント基板のどこに配置してもかまいません。大事なことは、標準的なインターフェースをサポートしていることです。例えばMPEGデコーダなどのビデオプロセッサとのインターフェースでは、復調ICからのストリームをトランスポートします。
今は、世界各地域ごとにプラットフォームを用意していますが、これからはソフトウエアで各国の方式に対応することになると思います。

Q:CMOSだけでRF部分とフィルタ、周波数変換、IQ変換などの回路を設計し、これまでにない性能のICチップを実現しましたが、そのカギは何ですか。プロセスなら、デザインルールは何μmですか。
A:プロセスは110nmCMOSのアナログ・デジタル混載プロセスを使っています。110nmCMOSミクストシグナル製品は量産しておりコストイフェクティブで実績があります。従来のシリコンチューナー製品だと180nmのSiGe BiCMOSを使っていたりしますが、SiGeはウェーハ材料費が高くつきます。
性能が向上したのはプロセスだけではありません。RFからIFにかけてのすべてのシグナルチェーンにおいて工夫を凝らしています。リニアリティを上げたり、ノイズを減らしたり、細かい部分で少しずつ工夫しています。
例えばHigh-Qトラッキングフィルタは、周波数55MHzから1GHzに渡って周波数帯ごとにフィルタ特性を追いかけていきます。それも自動キャリブレーションのアーキテクチャを使ってデジタル的にフィルタ特性を調整します。この方法は、人手で調整するように、トラッキングにより中心周波数を求めたらC(コンデンサ)を選び、周波数での感度などの特性を測定します。そしてフィルタの応答特性を測定し、Cを調整する、といった具合です。各チャンネルごとにフィルタをトラッキングして調整していきます。
フロントエンドでは、AGC(自動利得制御)をかけ強すぎる電波ならその信号を減衰させリニアリティを改善するなどの調整をします。性能を上げるために40名以上のエンジニアが約3年かかりました。
この結果、アナログの受信感度は-68dB/-67.5dBであり、米国のデジタル放送方式ATSC A/74仕様の-83dBmよりも4.5dB高感度の-87.5dBm(周波数全体での平均)という値を得ています。従来の個別部品によるチューナーだと-85.5dBmですから2dB感度が高いことになります。
リニアリティを上げることで3次のインターセプトポイントIP3は高くなり、妨害波と所望の電波との比が大きくなりますが、広帯域でのIP3は23dBmです。消費電力は1Wです。詳しくは特性表を見てください。


特性表
特性表


Q:さらに微細化プロセスでミクストシグナルICを作られることはありますか。
A:デジタル回路部分が多ければ微細化は進むでしょう。将来、65nmデザインが低コストで作れるようになれば110nmから65nmへシフトするかもしれません。

Q:今後の製品はどのような方向に向かいますか。
A:据え置きテレビは高性能だが、消費電力は1Wとやや高いです。携帯テレビは消費電力が低いですが、性能も低いです。シリコンラボはまず高性能のテレビ市場にフォーカスしました。しかし、将来はもっと製品ポートフォリオを広げていくようになると思います。


(2009/06/30 セミコンポータル編集室)

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