特集コロナ戦争(7):新型コロナウイルスを千載一遇のチャンスと捉える
セミコンポータルは、4月28日にフリーウェビナー「新型コロナウイルスに対して半導体企業は何ができるか:Part 2」を開催した(参考資料1)。新型コロナはテレワークを強いたことが、逆に働き方改革をはじめ日本の企業の在り方を改めて考える、良いチャンスだと捉えることができる。ポストコロナを見据えて、アドバイザの香山晋氏が「シリコンバレーと日本〜これまで、いま、そしてこれから〜」と題して、このような提言を行った。以下、講演の主な論点を紹介する。(セミコンポータル編集室)
講演:香山晋 セミコンポータルアドバイザ
講演は、三つの論点に絞られた。以下、この順に沿って講演を紹介する。
・ シリコンバレーで行われていること
・ テレワークとWFH(work from home)の違い
・ WFHによる業務変革
シリコンバレーとはどういう場所なのか(図1)、そこで日本はどのような立場なのか、次に日本ではテレワークが十分効果を発揮できていないのに、同じもののように思われているWFM(Work from Home)がなぜ、とりわけシリコンバレーでは活用できているのか、それらをヒントに、わが国での組織や仕事の進め方の変革につなげられないか、そういったことを考えてみたいと思う。
図1 シリコンバレーの正しい認識が重要
出典:セミコンポータル 香山晋
WFMは、組織にとっても個々人にとっても、変革の大きなきっかけとなり得るのではないか、と真剣に思っている。
Stanford大学の副学長だったBill Miller氏はシリコンバレーで「推奨」されていることは、失敗すること、転職すること、そして競争相手と自由に会話することだと言う。シリコンバレーはよく知られるように、巨大なハイテク企業とベンチャーの集積した場所だが、それを可能としているイノベーションと科学開発の中心的なハブ、ビジネスを展開するのに適したエコシステムが息づいている。そこはビジネスの戦場というよりも、多種多様な研究開発やスタートアップが共存し、共に栄えていく豊かな環境である。そこで生存し、成長する原則は極めてシンプル、学歴や経験ではなく「スキル」で勝負する、選択に当たっては「合理性」と「目的志向」が主な動機となる。
図2 日本企業が陥りやすい10のワーストプラクティス Stanford大学の櫛田健児氏の提案 出典:TECHBLITZ
シリコンバレーで活躍し、日本とも関係の深いStanford大学の櫛田さんが言われた日本企業の陥る10のワーストプラクティス(図2)は、実際には典型的なプラクティスであると言ってもいいだろうが、日本からシリコンバレーに人や金を送り込んでも、どうしてそれが効果を生まないのか、その理由を同氏は的確に指摘している。その通りだな、と実感させられる項目が並んでいるが、権限も責任も与えられない状況の下で(図3)、シリコンバレーと豊かな関係を築くことは難しいと思う。
図3 典型的な日本企業経営に対する警鐘
出典:セミコンポータル 香山晋
シリコンバレーには現在およそ4万人の日本人が住んでいて、日系の投資金額も年間6.000億円を超え、全体のおよそ25%を占めているという。しかしこの4万人の大部分は駐在員や留学生・研修生と言った一時的な住人で、投資や企業買収、技術導入など、現地に同化した活動の比率は残念ながら決して高くない。しかし数少ないとは言え、相当数のシリコンバレーに溶け込み、活躍する人たちもいる。その共通点はリスクを恐れず、とにかく素早く行動し、そして周囲や成功を「マネする」ことを厭わない。決して例外的な能力や学歴の持ち主だけではなく、いろいろな職業や年齢の方たちが能力や適性に応じた果敢なチャレンジをして成功しているのである。
図4 外注や下請け(アウトソース)とアウトソーシングとの違い
出典:セミコンポータル 香山晋
Cisco Systems社もOutsourcing(アウトソーシング)には従来から積極的な企業だが、Sun Microsystemsもウェブで宣言するほどOutsourcingには積極的だった(図4)。わが国でもよく「アウトソース」とカタカナを使うが、多くの場合、外注や下請け、派遣などを意味する。筆者は日本で氾濫するカタカナ語は、本来の意味を歪曲し、従来のやり方に固執し、正当化することに使われることに不満を感じている。
現在シリコンバレーで使われるOutsourcingは、優れた技術や技術者を外部に求めることに加え、自社内に抱え込むことの非効率性や硬直性をなくすために、多様な専門家や専業者を活用することを意味している。興味深いことに、大企業はもとより、小さなスタートアップもOutsourcingによって効率的に新事業を立ち上げていく。筆者は、日本でもOutsourcingの機は熟してきた。企業が競争力を向上させ、付加価値を生み出すためにも、また経験やスキルを持つ有能な個人が、新たな活躍の場を広げていくためにも、エコシステムを健全なものにするためにも、多様で対等なOutsourcingを活発化させることが必要だと思う。
図5 テレワークとは何か
出典:セミコンポータル 香山晋
さて、新型コロナのせいで、いまやテレワークが話題にならない日はない。図5は、テレワークに悩み、苦しむ多くの人たちに向けてのアドバイスである。テレワークで何をしているのかわからない上司と、どうすればよいかわからない部下たち。曖昧な仕事内容と消費した時間以外では評価できないシステムでは、テレワークとは報告と管理のツールにすぎず、従ってこのようなアドバイスが身に染みる。しかし、これが本質だろうか?
図6 テレワークとWFHとの違い
出典:セミコンポータル 香山晋
テレワークというカタカナ語は、ほとんど日本語である。シリコンバレーで広く用いられるのはWork from Homeと言い、自宅で過不足なく仕事をすることであり、根本的に異なる。テレワークをどのように国土交通省が定義するのだろうか。主眼は「通勤」にあり、職場を離れていても行動の監視や常に指示と報告が可能な状況に置くこと。つまりは、古典的な上位下達、ウォーターフォール型のマネジメントが前提である。
しかしWFHは、必要とされる業務が遂行されるのであれば、どこで執務してもよい。多くの場合は「家」だから、WFH, そのためには明確な仕事内容と、業務遂行のための責任と権限が与えられる必要がある。そのためにこそ、アジャイルな分業と生態系と同様なティール(Teal)型といわれる組織が目標となる。実務を担う個々人が、自由に、分担して作業を進め、いち早く目的を達成する。指揮官は不要なのである。
図7 アジャイルな分業とティール型の組織
つまり組織と技術が進化し、相互に複雑に絡み合うようになれば、従来型の滝が流れ落ちるような組織や指揮命令系統は機能しなくなる。図7のように、組織は未来に向かって進化し、必然的にTEAL型になる。ハイテクの世界はすでに底を目指して動き始めている。シリコンバレーは、それを先取りし、実践しているのである。
図8 シリコンバレーの組織に近づけるチャンス
出典:セミコンポータル 香山晋
このような考えを推し進めてくれば、新型コロナウイルスに強いられた休業や自宅待機、その被害を最小に抑えるためのテレワークは、実はWFHに道を拓くものであり、組織変革と働き方の変革への絶好の機会であることが理解できる。業務を実行するためには、いわゆるテレワークを短期間で進化させ、実体としての業務を職場から解放し、またウォーターフォール型の意思決定プロセスをアジャイル型に変革する(図8)。ここで主役を演じることができるのは、いわゆる中間管理層の方々であり、実務を担う現場の人たちである。またこれを機会に、世の中に通用するいろいろな「スキル」を身に着けた個人が、その「スキル」をWFH的なツールに埋め込み、外の世界で勝負することを選択する。新型コロナウイルスは、そんな機会をわれわれに提示していると感じている。
実現は容易ではないだろうが、できる小さなことから始めなければ、次のチャンスは少なくとも10年は来ない。どうすれば少しでも実現に近づけるか、セミコンポータルの場でも引き続き議論していきたいと考えている。
参考資料
1. 特集コロナ戦争(6):ウェビナー:動画配信 (2020/04/30)
https://www.youtube.com/watch?v=5uRqEgZ3rl4