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姿を現わしつつある米国のDX:第2部IoMとIndustry 4.0 (4) スキルの持ち方

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前川耕司氏の寄稿による連載「姿を現しつつある米国のDX」シリーズ第2部の第4回では、IoM(Internet of Manufacturing)に関するカンファレンスの中から、予知保全をはじめとして、設計と製造の最適化、さらにITとOT(Operation Technology)の共同作業によるスキルの持ち方について述べている。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

前回は、先端IT技術を駆使する新しい世代の人たちが、天空より舞い降りるように既存の製造業に生産性の改善をもたらそうとする光景を述べた。しかし、成功への明快な方程式が見えにくい、未知への挑戦とも言える。今回は、このような変化をもたらしていく“人”について述べたい。

2-6. 予知保全の最適化でKPIの向上を

本来、装置は何も問題がなければ定常的に安定して良品を製造し続けていると思いがちだが、その時々の状態によって、作動状況が微妙に変化する。Anomaly Analysis (故障解析)と呼ばれている、装置がいつもと違う状態かどうかも解析する。予想しない装置停止が起こらないように、どの時点で予知保全を行えばよいか、装置停止に相関を持つ装置パラメータを全て洗い出して、相関を求め、予測モデルを作り上げる。最近は、オペレータごとの動作の違いまでを含めて、予測モデルに組み入れることができる。

エッジコンピュータに内蔵される予測モデルは、いったん出来上がると、永久に使い続けることができるというものではない。装置は、エイジングが進むため、基本となる状態が日々変わってくる。予測モデルを変更しなくてはならない。予測モデルの変更には、多数の装置のデータと、長時間にわたるモニターデータ(historical data)とが必要である。クラウドコンピューティングの出番である。クラウド内のデータ解析には機械学習が使われる。機械学習は、人間では見落としてしまうような複雑な相関を持ったデータ構造において、その強みを発揮する。人間では扱いが不可能な多次元多量のデータを、短時間で隅々まで見回し、各パラメータの相関を示してくれる。この解析結果に基づき、データアナリストや、データサイエンティストたちは、それぞれの判断を加え、あるときは機械学習の解析結果を修正して予測モデルのアルゴリズムを作成していくのだ。

舞台裏の話だが、データサイエンティストたちの考え方、経験の違いにより、作成されるアルゴリズムが異なってくる。予測モデルの出来不出来は、データサイエンティストたちの腕による。

一連のプレゼンテーションを聴いていて、何かしら引っかかっていたものの正体が、やっとわかってきたような気がした。KPI(Key Performance Indicator)という言葉をたくさん聴いた。プレゼンタのゴールが、KPIに代表される、製造上の効率改善に関する話題に絞られているのだ。遅まきながらこの点に気がついてから、入手できた40以上の全てのプレゼンテーションに目を通し、この点を確認した。

2-7. 設計と製造の最適化

一件だけ例外があった。Whirlpool 社Concept and design Evaluation 担当Engineering DirectorのPraveen K Poojary氏による、「Introducing the digital twin to product life cycle」の発表である。(図2.12) Whirlpoolは、冷蔵庫や、皿洗い機など、家庭用白物家電のメーカーだ。筆者は、彼のセッションに参加していなかったが、ある偶然から、レセプションにおいて、彼と言葉を交わしていたのを思い出した。

今日、彼の資料を読むと、家電製品の設計段階において、IoT技術から得た製品性能情報をフィードバックして、製品設計と製造プロセスの最適化を図るという考えが述べられている。設計された新製品は、製造工程でプロトタイプとして姿を現す。しかしながら、プロトタイプが期待された性能を発揮しない場合には、再び、設計をやり直さなければならない。設計機能自体がユーザーからそっぽを向かれる場合もあるが、製造工程能力が、設計に追いつかなく、期待通りの性能を発揮しないこともある。このやり直しにかかる時間は多大である。彼のコンセプトのゴールは、IoTからの情報を使い、プロトタイプを一度で成功させ、量産に移行するという、TAT(Total Turn-around Time)の短縮にあると理解した。


Dishwasher : Optimization of Design to Process by IoT

図2. 12 IoTを使った家電製品の設計-製造工程の最適化の概念 出典: INTRODUCING THE DIGITAL TWIN TO PRODUCT LIFE CYCLE, Praveen K Poojary, Whirlpool を元に筆者が作成


おや、どこかで、聴いたような話じゃないか?SoC半導体前工程に関わってきた筆者の心の声だ。デザインとプロセスのミスマッチの改良は、SoC半導体前工程で長年の課題だった。デザインが優れていても、プロセス工程能力が追いつかない。製品のパフォーマンス(ランダム欠陥というゴミ・傷の問題および、システマティック欠陥という性能の問題の両方含めて)が十分ではない。製品性能バラつきが大きい。歩留まりが低い。1990年代の半導体前工程は、歩留まりの改善に、数年が必要であった。2000年代に入り、精緻なテストビークル、装置およびメトロロジー計測からの大量のデータ処理能力の向上は、デザインとプロセス条件間の最適化に大きな役割を果たした。装置自体の性能向上、データ解析時間の短縮を含め、TATサイクルの劇的な時間短縮が実現している。これにより、SoC半導体前工程の歩留まり改善のスピードは、驚異的に早くなっていく。ビジネス的な見方をすれば、この間に、半導体ビジネスはIDM(垂直統合の半導体メーカー)構造からファブレス-ファウンドリ構造へと劇的に変化している。

この講演は、IoTが立ち上がったときの、電化製品の性能デザインの最適化、性能デザイン - 製造プロセス間の最適化を予言する。サプライチェーンの変化も考慮すると、どれほどの規模の変化が現れてくるのだろうか?IoMの次のステップを予感させる内容であった。

今回IoM Southで見たものは主として、スマートファブ化を装置の稼働効率ないしは工場全体の稼働効率改善をゴールとした議論であった。先端IT技術が、稼働効率改善(ROI改善)というゴールに深いインパクトを与え始めている現実を述べているのだ。その延長上に、OT (Operation Technology)との接点がある。

2-8. ITとOT:必要とされるスキルの持ち方 の将来像

読者の中には、意外に思われる方もおいでかもしれない。発表だけではなく、その後のレセプションや休憩時間時の会話の中に、人に関する部分が多かった。スマートファブやIoMという言葉は、自動化という人の介在を最小化する方向を連想させる。自動化システムを開発する側は、人の介在をなくしAI等による自動的な判断を口にしがちである。しかしながら、現場でITシステムを使いながら、刻々の生産を進行させるOT側は、先端ITシステムより吐き出されてくる、膨大なデータに直面する。機械学習や予測モデルは、装置の稼働について警報を出すと共に、可能性のある故障シナリオを示してくる。受け手は、そのデータを判断して、アクションを決めていかねばならない。培われてきた経験と共に新しい技術を元にしたデータへ判断力を問われることとなる。スマートファブ化に伴う製造現場での職種や、Skill-setting(スキルの持ち方)のあり方に、大きな変化が求められることを示唆している。以下、断片的であるが、様々な声を書き並べてみることにする。

Black & Decker 社のRobert Joseph博士のプレゼンテーションは、会社の技術者としてではなく、個人としての見解を述べたい、とのコメントで始まった(図2.13) 。IT技術は、大量のデータをリアルタイムで採集し、短時間で、様々な結果を見える化した形でフィードバックしてくる。さらに、AR(拡張現実)の例のように、人間の視覚作用に合わせた形で、解析結果を示してくる。これらの情報より、例えば装置異常を予測した場合、受け手はこの予報を信用するか否か、どのような解決策を考えるのか、判断をしなければならない。


Upskilling/Advice

図2. 13 Skill-settingの変化 出典:Getting IoT&AI Strategies Right, Robert Joseph, Ph.D., Black & Decker を元に筆者が作成


Josephの言おうとするところは、現場で必要とされるSkill-Settingの変化の問題である。将来、製造現場で必要とされるスキルは、経験ベースの判断力から、データを正確に読みこなすインテリジェントベースの判断力になるという。そのためには、感情や主観をできるだけコントロールした、コミュニケーションが現場で必要とされてくるし、このような文化を形成するためのマネージメントの意識改革が必要であるという。彼は最後に、製造業でのスマートファブ化への挑戦は、新技術への挑戦であり、新しい企業文化への挑戦だと述べた。

筆者は、米国に置いて同じ内容のコメントを1990年代、盛んに耳にした記憶がある。当時、米国先端製造業は、日本製造業との競争に敗れ、否応なく大きな変化を余儀なくされていた。講演後、筆者は彼に迫る。大きな変化には追随できる人とできない人がいるのだ。マインドシフトできる人はいい。できない人はどうするのだ。彼が述べた考えは、淘汰の原則であった。人をいかに教育するかはともかく、変化に対応できるか否かは、いつかははっきりする。最後は、適応できうる人々によって、変化はもたらされる。これを聞いた読者の皆さんは、どのようにお考えになるだろうか? ラストベルトの人々の支持で当選したと言われる現在のホワイトハウスの主は、どう反応するのだろうか?

IoT Solutions & Service 社Data Analysis manager のRacha Slaoui氏は, 講演の中でデータサイエンティスト、データアナリストとそのデータを使うユーザーとの間の、溝について述べている。データ解析の側は、機械学習等を使った、予測モデルを作成してくる。しかし、予測モデルの結果より、対策を講じなければならないユーザー側としては、予測モデルの信ぴょう性を問うてくる。この間に信頼を築けるかどうかが、スマートファブプロジェクトの成否が決まる。予測モデルのためのアルゴリズムを設計するデータサイエンティストのセンスが問われる。対象となるプロセスや装置、ユーザーへの十分な理解が不可欠と述べた。

対象プロセスや対象装置の知識を持ち、かつ予測モデルに必要な高度なアルゴリズムを組める人間はそんなにいるものではない。ハードウエア(例えば、装置に取り付けるセンサとエッジコンピューティングを実現するハードウエア)とか、データを見える化するための個々のソフトウエアは、次々と改良されたものができてくるだろう。しかしながら、生産現場に投入する高度なアルゴリズムを作成する人は、そう簡単には育成できない。彼女が語ったのは、スマートファブ化に伴う、人材の不足である。

学校で、コンピュータサイエンスをかじった程度の、自分勝手な理解じゃとても使い物にはならないのよ。社会に入ってからの鍛えられかたが勝負なの。お客となるユーザーは甘くないのよ。夕刻のレセプションの時、筆者との会話の中でかように言い切った彼女は、30代より若くしか見えなかった。

Ingersoll Rand 社Operational Excellence-Transport Solutions 担当VPのGriselda Abousleman氏 は、データ収集の段階はTB(テラバイト)オーダーからPB(ペタバイト)オーダーへの時代になってきていると述べた。データを取り扱う際に必要とされる最大のメモリを扱えるシステムの規模を述べたものと解釈する。データ収集は容易である。困難なのは、データの補正であると語った。間違ったフォーマットのデータや不正確なデータが高速で動いている解析システムの中に混入すると、システム全体に大きな影響を与えることは、ビッグデータ収集システムの初期における大問題であった。データを補正するという作業は、現在でも必要であり、そのコストは全米で毎年2500万ドル(2500億円)という、発言もあった。

Daikin 社のEngineering and Operation Technology 担当VPのStan Gordon氏は、先入観にとらわれないあらゆるデータの採集を講演の中で述べている。すべての可能性のあるKPIに関するデータが必要という。先入観を持たずに、あらゆる種類のデータを収集するのは、ゴミ集めのような感覚を覚えるという。しかしながら、集めてくるデータのクオリティを確保するのが始めの一歩であることを強調する。このような考え方を実現してくるのは、テクノロジーではなく、製造業の企業文化の問題であると言っていた。彼は機械学習を使用した予知保全の最適化と同時に、機械学習とMES(製造実行システム)によるアセンブリフローの最適化を展示していた。

休憩時間に彼と話をする機会があった。彼は、元々は、スタートアップ会社のファウンダの一人であったそうだ。40代の働き盛り。Daikin社は、彼の会社を人ごと買収している。彼自身、技術にも、ビジネスにも明快なコメントを発している。来月は、大阪でレビューだと言っていた。オオサカベン、ムツカシイと日本語で言って、ニッと笑った。展示中、彼の周りにはインド系の若い人々が群がり、けんけんがくがく盛んにやっていたのを覚えている。

Toyota 社Operation 担当VPのJennifer Cohen氏は、オートメーション技術の進展に伴い、米国では今後2~3年間で、データ解析に関する職種の大幅な増加と要求されるSkill-Settingの変化を示唆した。3500万職種の増加が見込まれるという観測もある。スマート化への道のりに不可欠な3つの注目項目を挙げた:

1.異なる階層間での対話
2.企業戦略の共有化
3.将来不足する、データ解析職種の手当て

隣に座っている人が、身を乗り出す様に聞き入っていた。

Bright Wolf 社CTOのPeter Bourne 氏の発言は、この辺りの考え方を総括するようであり、感慨深いものであった。スマート化は、技術の問題よりも企業文化の問題だ。スマート化のための先端IT技術を使う側は、過去100年間同じ理念によって立ち、今日の成功の礎としている。ビッグデータ収集、 機械学習、IoTという先端IT技術を核とした新技術が、現在の礎となっている製造分野における文化と摩擦を起こすのは当たり前である。しかし、このデジタルトランスフォーメーションの流れは止まらない。長い旅の始まりだと締めくくった。
参加者のマジョリティーは、製造関係者である、会場は静まり彼の熱弁に耳を傾ける。彼のコメントは、製造分野の未来のため、今日の成功をもたらした企業文化の変化を乗り越える努力をしてでも、DXを推し進める必要性を述べたと解釈した。

これ以後、筆者の心の中で、Industry4.0という言葉は、 第4次産業革命という言葉に置き換わった気がした。単なる工場の装置やオペレーションの変化という意味ではなく、社会構造の変化、職業の形態に関わる部分での変化を予感した。 

2.9. とある参加者との立ち話 --- 未来への備え

前にも述べたように、筆者は、製造業に関するIoT技術の現状という、いわば先端IT技術を使った製造システムの技術的現状という話題を漠然と期待していた。このカンファレンスでは、意外な声を聴いた思いがある。ハードウエアや見える化のソフトウエア、ネットワークシステムという先端IT技術の目線だけでは語りきれない、人に関する声をこのようにたくさん聞くとは、思っても見ないことであった。製造業がトップダウンの判断により、人間が流れ作業のようなオペレーションをこなすという概念は、工業化が進化するほど希薄になってくる。結果として、Industry 4.0のような、高度の自動化を必要とする製造には、高度な知識を持った技術集団が、かえって必要とされてくるという構造を見た気がした。

最後に、レセプション時にワイングラスを傾けながら、何気なく話をした、隣の席に座っていた製造技術関係者との会話を紹介しよう。米国有数の電気会社G社に勤務する彼は、40代の第一線で活躍する製造技術職のマネジャーであった。このレポートの中では、OT側の人とも言える。技術革新による職業構造の変化は実に早いものだという話をボソボソと話し合っていた。二人とも、これから大きな変化がくるであろうという予感は同じであったが、その立場は大きく異なる。彼はまだ、自分のためにも、家族のためにも、訪れてくるだろう大きな変化の中、仕事を続けていかねばならない。筆者は、隠居の気楽さも手伝って、どんな心境なのか不躾ながらも率直に聞いて見た。

予想どおり、変化に対応できるかどうかの不安は口にはしていた。自分の寄って立つ技術が時代遅れとなっていくのではないかとの不安である。その後、彼が述べた考えは、米国の中でのある階層、特にテクノクラートと呼ばれる階層に生きる人の基本的な姿勢を物語るのかもしれない。彼は、「どんな変化が来ようと、それを乗り越えていくだけのやり方というのは、自分は学んできたつもりだ。変化は、自分と関係なくやってくる。その中を泳ぎ切っていくための準備は行ってきた。不安は最後まであると思うものの、変化を十分理解し先取りしていく限り恐ろしいものではない。そのための具体的な行動をとっていく自信はある」と述べた。言い方はたいへん控えめであったが、明瞭なコメントだった。 

この回、読者の皆さんは、変化、淘汰、スキルなど、やたら不安を煽る様な言葉を目にされているかと思う。筆者は米国において、エンジニア、ビジネスマネージメントの職の最中、30代半ばでMBA に、40代半ばでは、大学院のエクステンションコースに身を置いていた。クラスルームで机を並べていた、様々な職業についていた人々から聞いた言葉を思い出す;「変化は、自分と関係なく必ずやってくる。不安はある。しかし、変化を十分理解し先取りしていく限り恐ろしいものではない。変化を乗り切らせるものは、自己への信頼だ」。今回、同じ内容の言葉を、会話の合間に耳にするとは、予想だにしていなかった。
このような、テクノクラートを目指す人たちが、米国産業の屋台骨を支えている。

カンファレンスを終えて、一息つきにホテルの外に出た。カンファレンス中で交わした、様々な会話が頭の中をよぎっていた。成功の方程式が見えない未来に、地道な創意工夫とも言える技術的ブレークスルー、業界常識をぶち破るビジネスの発想を持って、挑んでいく若い世代の人たちの姿が印象的だった。彼らの目には、米国のみならず、アジアが写っている。過去の成功体験により確立された理念を、今更変えてまで、新しい変化を受容し脱皮を図ろうとする米国製造業の姿は、巨人が軋みを挙げている様でもあった。

ホテルの外は、秋の夕暮れだった。自宅周りの東海岸の深い緑の森の光景とは全く違う、地平線まで見渡せるほど、ひたすら平たいだだっ広い景色だ。テキサス的光景とも言える。大きく伸びをして空を見上げると、彼方より、にわか雨を含んだ雲の塊が、急速に押し寄せてくる。変化が押し寄せてくる予感を持たせる光景に見えた。   

第3部では、IMA-APCという半導体の世界でのDXについて述べてみたいと思う。

(追記)
この項を書いている最中、米国はCOVID-19による、厄災の渦中にある。感染者数は、中国を上回り、10万人を超えている。急激な経済変動により、過去3週間で、米国の富の 20パーセント弱が、消滅した計算となる。過去30年間以上、米国で何回もの経済的な危機を目撃、体験してきた。何度も、今度こそ米国はおしまいだの声を聞いた。その度ごとに、この国は、なんとか立ち直っていく。IoMで出会った、テクノクラートを目指す人たちの胸中には、今、いかなる言葉が浮かんでいるのだろうか?
(第2部終了)

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