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姿を現わしつつある米国のDX:第2部IoMとIndustry 4.0 (3) ROI向上へ

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前川耕司氏の寄稿による連載「姿を現しつつある米国のDX」シリーズ第2部の第3回では、IoM(Internet of Manufacturing)に関するカンファレンスから、製造業においてIoTシステムを使った生産性の向上、総合設備効率の向上などを紹介する。エッジコンピューティングが中心だが、リモートアクセスできるクラウド利用も進みそうだ。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

前回、IT技術を活用し、スマート化を図る推進者の華やかさを欠くものの、手堅い考え方からの視点を紹介した。今回は、IT技術側の視点に立ち、その光景を描いてみたい。そこで見えてきたものは、新しい世代の人たちが、天翔ける様に先端IT技術を使い、既存の産業に生産性の改善をもたらそうとする光景だ。新たなる産業革命の可能性とそれに伴う新しいビジネスの勃興である。

2-5. AI (ML)、PM、KPI, OEE そしてエッジ-クラウドコンピューティング

しつこくて恐縮だが、筆者は、未だ半導体前工程の経験からくる見方に囚われている。ほとんどのプレゼンテーションが、ネットワーク、ビッグデータ収集 ( エッジ-クラウドシステム), ML (Machine Learning:機械学習), PM (Preventive Maintenance:予知保全), 予測モデル、KPI (Key Performance Indicator), OEE(Overall Equipment Effectiveness:総合設備効率)改善等のキーワードを使用する。これらのキーワードは半導体前工程での言葉と共通している。しかしながら、このカンファレンス中、筆者は違和感を覚え続けていた。

半導体デバイスプロセスでは、装置の状態を解析するために、メトロロジデータを使うことがある。大まかに言うと、半導体チップの出来具合は、例えば、歩留まりや製品性能を計測しているのだ。予測モデルは、装置の稼働状態と製品の歩留まり、製品性能との間で作られる。しかしながら、IoMの世界では、装置の稼働状態とOEEの間の話であった。製品歩留まりに関する話題はなかったと記憶している。そのせいか、PMやKPI改善に使われる、予測モデルを作成する工程が、半導体前工程の例より単純である。以下、この点に留意して、話を進めたい。

モータの監視が多い

IoM Southで述べられた予知保全に関するケーススタディは、主に流体プロセスのモータの監視に関わるものであった。先のSchneider社のような、電気製品、アプライアンス製品のアセンブリ工程のケースは少数であった。また、農業関係への展開の話もあったが、今回は割愛する。テキサスはオイル産業の中心地である。オイルプラントで多用されているポンプのモニターのケースが多いのはもっともな話だ。

オイルポンプでモニターしているパラメータは、温度、圧力、振動である。ここで、筆者が見たものを、以下にまとめる;

1.装置の稼働状態を振動、温度、圧力のようなアナログデータでモニターする。モニターするために、センサおよび予測機能を備えたモニター機構を一体化した、エッジシステムとも呼べるハードウエアが使用される。
2.エッジ-クラウドシステムを利用したデータ解析予測モデル作成サービスビジネスの勃興をみる。
3. エッジ-クラウドシステムを使ったデータへのリモートアクセスというインダストリトレンドを見る。

MerlinCSI 社のCEOであるTom Voorhees 氏は、Sensor Beaconと呼ぶ、温度センサ、3D加速度センサ、エッジコンピュータ、内蔵された予測モデルで構成されるハードウエアについて述べた(図2.6)。 便宜を図るため、エッジシステムと呼んでおくことにする。エッジシステムの見かけは、センサと箱の組み合わせだ。ポンプに設置したセンサからのアナログデータをエッジコンピューティングによりモデル化する。データをワイヤレスで、クラウドシステムに送り込み、予知保全の予測を行うケースを話した。


Business: Oil Pump PM: Merlin CSI

図2.6 ケーススタディ、オイルポンプ予知保全 出典:EasyPredict, Tom Voorhees, MerlinCSI, を元に筆者が作成


ポンプ等の設備状態の監視には、通常、振動計測(加速度センサ)、温度計測(温度センサ・熱電対、放射温度計等)、音計測(マイク、人の聴覚)が使われる。このケースでは、3種類の振動計測 – すなわち、アコースティックエミッション解析、周波数解析、RMS (Root Mean Square:二乗平均の平方根)解析を使用する。各データより、トラブルが発生する以前に予知保全のタイミングを予測する。

振動解析に使われる手法はRMS、ピーク-ツー-ピーク、FFT(高速フーリエ変換)、Time-Waveform(時間-波形)等複数ある。この例で使われているのは、RMS解析だ。一定時間内の振動波の積分値を使う。比較的、データ量が少なくて済むと言われている。これに比べ、FFTや時間-波形は、データ量が非常に多くなると聞く。振動解析データは、ワイヤレスでクラウドコンピューティングの段階に送られる。計測時間は30秒程度、計測の頻度は、毎分、毎時とケースによりまちまちであった。

ポイントは、エッジコンピューティングの段階で予測を行う点だ。ポンプの表面温度が上昇を示す時はすでに遅く、それ以前に振動解析により予測を行う。エッジシステムそのものが、予測モデルを内包して、装置からの様々のデータを基に予測を行う。以前は、ベテランの技術者たちが、ポンプの音やら表面温度から経験に基づいて予測を行なっていたはずである。

予測モデルの作成にはクラウドコンピューティング

クラウドコンピューティングの役割は、一言で言うとビッグデータ収集システムを使った、長期間にわたるデータの蓄積(historical data)と、そこからのデータ解析による予測モデルの作成および更新だ。大量の振動データの変異点を探ることにより、精度の高い予測モデルを作成する。機械学習を使い、短時間で人手をあまりかけずに予測モデルを作るために工夫をしているという。

予測モデルは一度作れば、変更せずに済むというものではない。装置は生き物なので、その状態は刻々と変化していく。装置の状態の変化に従い、予測モデルも変化していかなければならない。クラウドでは、蓄積データを解析することで、予測モデルに変更をかけることができる。時間変化を含む蓄積データの出番である。変更された予測モデルは、エッジシステムにフィードバックされる。エッジシステムの更新された予測モデルが、装置監視に使われる。

予測モデルより予知保全の時期を判断して、故障が起こる前にメインテナンスを実行する。一旦、不意の故障が起こってしまい、装置が停止してしまうと、修理の時間、ロジスティクスの変更等で、OEEは、大きく低下してしまう。予知保全の時期が早すぎても、OEEの低下を招く。予知保全のタイミングの最適化は、オイルプラントにとって大きな命題である。

エッジとクラウドの両方のコンピューティング

Altizon 社のSales VPであるTyson King氏は、エッジ-クラウドコンピューティングを使った、装置モニタリングビジネスを語った。多数のプロジェクトを運営して、ROI(Return of Investment)の改善に触れている。エッジシステムが装置情報をモニターして、ワイヤレスでクラウドシステムに情報を送り込む。クラウドコンピューティングで機械学習を使い、異常解析や予知保全の予測を行い、顧客にフィードバックするというコンセプトである。価格についても触れている。ネットワークへの接続準備ができている製造ラインという条件付きであるが、4週間で接続を完了して基本的なKPI(Key Performance Indicator)についての解析を行い、OEE、ROIを改善する。野心的なパイロットプロジェクトの提案だ。10台までの接続、および解析の例で、1万ドルという価格を示した。現在は、103のファブに接続しているという(図2.7、図2.8)。


Business: OEE improvement: Altizon Inc

図2.7 ケーススタディ、解析サービスビジネス 出典:Successful IoT with Rapid Deployment, Tyson King, ALTIZON


Project example: Phase I, Phase II, ROI and pricing

図2.8 プロジェクト実施例、ROIと価格 出典:Successful IoT with Rapid Deployment, Tyson King, ALTIZONを元に筆者が作成


KPIという、製造上の生産性に関わる項目(例えば、OEEや装置ダウンタイム、突然の装置停止時間、インベントリ情報など多数)のみをカバーしているのだが、このレベルの金額には驚いた。他にも、同様の規模でのパイロットプロジェクトの提案を聞いたが、価格については、同じレベルのものであった。

講演後、King氏と立ち話をする機会があった。「シンガポールに行ってきた。日本にも、関心のある会社はないか」と質問してきた。

IoT Analytics社のSenior Analystである Matthew Wopata氏は、IoMインダストリトレンドとして、4種類に及ぶ接続形態の分類を述べた(図2.9)。


Trend #1: More connected assets

図2.9 4種類の接続形態 出典:5 Industrial Connectivity Trends Driving IT-OT Convergence, Matthew Wopata, IOT ANALYTICS


その後、リモートアクセスによる、クラウドコンピューティングシステムへの接続の増加予測を述べた(図2.10)。リモートアクセスでクラウドコンピューティングによる解析サービスを利用するケースは、現在では25%程度という。しかしながら今後は、新しいファブ、新鋭装置の増加に伴って、リモートアクセスは増加し、2025年には50%のアクセスがリモートになると予測した。


< 50% of industrial assets will be connected to off-premise by 2014

図2. 10 リモート接続の増加 出典:5 Industrial Connectivity Trends Driving IT-OT Convergence, Matthew Wopata,IOT ANALYTICS


エッジからクラウドコンピューティングをリモートで処理し、ファブの敷地外で、専門の解析サービスを提供するという形がトレンドという見解である。現在は、装置からの情報をゲートウェイというインターフェースを介して取り出したのち、クラウドシステムに送り込んでいる。次第に装置もしくはセンサそのものが、クラウドシステムに直接情報を送り込むようになるという予測だ。前述のMerlinCSI社とAltizon社の例であろう。IoT技術が本格的に姿を現したときに、ハードウエアがとる戦略を視野に入れている。

新しいビジネスの勃興を予感させる。ここに紹介した3名のプレゼンタは、米国でのベビーブーム世代はるか以降の若い人々である。30 -40歳代の人たちだ。前回述べた、プロジェクトの推進者の人たちに比べ、年代がひと回り若い。IT技術の展示を行っている会社の人も、同じ様な年代の人が目につく。話をしているうちに気がついたが、かなりの人が、かつてスタートアップ会社のファウンダたちか、それに近い人々である。これらのスタートアップ会社は、より大きな会社によって買収されたり、資本提供を受けて統合されたりしてきている。この人々は、大変アグレッシブだ。筆者がぶら下げている、AEC/APC Japanの名札を見ると、立ち寄ってくる。日本の企業に興味を持っており、コンタクトを紹介してほしいとストレートに言ってくる。さらに、アジアへの関心も強いのがわかる。自分の持つ先端IT技術に自信をもち、先端技術を通じてビジネスを語るというテクノクラート的な姿勢を示し、テクノクラート的な言葉を話し、明快なアプローチをしてくる。

半導体工場はもっと先端なのだが

近年の半導体製造の新鋭工場では、センサデータを取り出し、デジタル化してネットワークに送りこむ手順が標準化されている。装置そのものがネットワークに接続できるように標準化された仕組みが組み込まれている。取り込むFDC(Fault Detection and Classification)データの種類、データのデジタル化の手法は、これらIoMのケースより, はるかに精緻なものである。

それに比べ、この項で対象となっているファブは古い工場、古いプラントで、装置も古いものが多い。あるケースでは、装置の設置情報に1905年の数字が入っている例を使っていた。使われている装置もまちまちだ。センサデータを取り出すため、センサとネットワークとの間に接続方法を個別に作っていかなければならない。

対象とするファブの規模も大きく異なる。近年の半導体新鋭工場は、メガファブと呼ばれるように、大規模な製造量を誇る。一つのファブの中に、千台を超える装置が作動している。これらの多数の製造装置より得られるFDCデータは、ビッグデータ収集と呼ばれて、ネットワーク内に格納され解析される。その後、あらゆるパラメータを検証した上で、製品歩留まり、製品性能、装置状況につき、精緻な予測モデルが作成される。精度の高い予測モデルを広範に作成するのに十分な量のデータが得られるため、すべての仕組みが、一つのファブ内部で収まることができる。巨大で、高額なネットワークが、日々動いている。

一方で、IoMの対象となっている古いアセンブルファブでは、一つのファブの中にある装置台数も、数十台から数百台程度だ。しかも、プロセスの種類も数多い。半導体新鋭工場の例と比べると、各プロセスより得られるデータ量は、精緻で広範な予測モデル作成という点では、かなり不利である。そこで、OEE、KPIの改善によるROIの向上に的を絞りこみ、予測モデルの行程を単純化する。その上で、同じ技術を使っている複数のファブを束ね、十分な量のデータをクラウドに集めて解析を行う。クラウド上では巨大な情報量を扱うが、個々のファブでの情報量はたかが知れている。これにより、個々のファブでの低価格化を目指し、ビジネスの規模拡大を図る。いい発想だと思う。

IoMで、展示を行なっていた全ての企業が、エッジ-クラウドコンピューティングのコンセプトを口にしている。

エッジ-クラウドコンピューティングではAIが常識

繰り返しになるが、再度、エッジ-クラウドコンピューティングの概念をまとめてみる(図2.11)。エッジコンピュータと名づけられたデバイスが、複数の装置なり、一台の装置なり、はたまた、一つのセンサなりをモニターする。エッジコンピュータは、モニタリング機能と、内包する予測モデルからの警報機能を持つ。対象装置にはモニター機能付きのセンサが装着される。センサは装置の振動音やその他の情報を拾い、この情報よりエッジシステムは弾性波解析、周波数解析、表面温度モニター等の解析を行う。これらのデータは、ワイヤレスで、クラウドシステムに送られ、データベース化される。解析者は、このデータを使い、解析を行う。全ての発表者が、機械学習の使用を述べていた。


Factory Network/Cloud Hosted Platform and Application

図2. 11 エッジ- クラウドコンピューティングの概念 出典: Successful IoT with Rapid Deployment, Tyson King, ALTIZON


読者の中には、このくだりを読んでいて、なんだ、こんな程度のものか、技術的には、随分遅れている話だなと感じられる方もおいでと思う。新鋭半導体工場に比べると、先端ITを使用すると言っても、対象となる装置は古く、ファブの規模も小さい。カンファレンスの途中まで、筆者は、技術的には新鋭の高度なものが見られず、不満を感じていたことを白状する。

カンファレンスが進むにつれ、若い世代の人たちが、先端IT技術を創意工夫して使いこなすことによりコストを抑え込み、汎用性の高い低価格のサービスビジネスの姿を作り上げている姿を見る様になった。このレベルのサービスの対象となる装置、プロセス、産業を考えると、ビジネスの可能性は巨大である。大げさに言えば、一国の製造業の生産性の底上げすら可能と考えられる。彼ら若きテクノクラートたちとの会話の中で気がついてくるのは、アジア地域に関する関心である。彼らの目には、米国内にとどまらず、はるかアジアまでの光景が写っている。

微細化を追い求めた先端半導体前工程ビジネスでは、Moore’s Lawに基づく数年おきのシリコンサイクルのたびに、技術上、ビジネス上の次の標的が明確に見えていた。この世界では、Moore’s Lawは、シンボリックな言葉であった。成功への明確な方程式は、巨額なカネ、モノ、ヒトを一度に投下して、限定された時間で争われる技術上の戦略的ブレークスルーのゲームに成功することであった。半導体のマーケットは巨大であり、巨額の投資を行っても、このゲームに勝ちさえすれば、十分なビジネスが期待できた。蓄積された技術レベルも大変高く、それを使いこなす先端技術者集団も層が厚い。華やかさを伴う世界であった。しかし、この戦略にそう限り、微細化が進むにつれ生き残っていけるプレーヤー(半導体デバイスメーカー)は、少数になることは、誰もが知っていた。今日、この観測は現実となっている。

先端IT駆使のカギはヒト

これに対して、IoMの視野に入っているのは、手つかずの前人未到のマーケットである。この未知のマーケットには、コストの壁、技術の壁、人材の壁、古い技術、過去の理念のしがらみとも言える壁が立ちはだかる。成功への方程式は、未だ見えない世界だ。闇雲な巨額の投資だけでは成功が見えない。先端IT技術をいきなり製造工程に持ってきても、使いこなすことができない。乾いた砂漠に、タネを撒くようなものだ。発芽のためには、色々と工夫をしなければならない。連続かつ地道な創意工夫を伴う技術的ブレークスルー、過去の業界常識をぶち破るビジネスの発想が成功の鍵と考える。成功の方程式をゼロから開拓していく世界である。冒頭に述べたように、IoMの命題が困難であるとともに、極めて野心的と述べた理由である。現代における、ニューフロンティアの可能性を見る。

今回は、AI、機械学習、 予測モデル、PM、エッジ-クラウドコンピューティング等の先端IT技術が、古いファブに展開されてきている過程の光景を描いた。新しい世代の人たちが、天翔けるように先端IT技術を使い、既存の製造業に生産性の改善をもたらそうとする光景だ。エジソンに遡る第一次産業革命とそれに伴う新しいビジネスの勃興を思い出す。ニューフロンティアの世界観を思い起こす。 

次回は、このような変化に関わっていく“人”について述べたい。
(続く)

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