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姿を現わしつつある米国のDX:第2部IoMとIndustry 4.0 (2) データの可視化

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前川耕司氏の寄稿による連載「姿を現しつつある米国のDX」シリーズ第2部の第2回では、IoM(Internet of Manufacturing)に関するカンファレンスの中から具体的な講演内容をレポートする。スマートファブで予知保全に取り組み、実績を上げているSchneider社の事例を紹介している。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

前回、米国製造業でのDXの萌芽ともいえる光景を書いた。半導体前行程の先端技術新鋭工場とは異なり、規模的には、一回りも小さな製造工場のスマート化の話だ。華やかさを欠いた、いささか懸念を抱いた始まりだった。しかし、参加者、プレゼンターの議論を目の当たりにするにつれ、米国における製造業の重い存在に目を覚まさせられていく。製造のスマート化とは、困難かつ野心的な命題であることを見せつけられる。

2-3. スマートファブの現実は?

Schneider Electric 社北米担当Innovation LeaderのKenneth Labhart 氏 は、Schneider社でのIoT化に、デジタルトランスフォーメイション(DX)という言葉を使用した。同社はPLC(Programmable Logic Controller)を世界で初めて商業化した会社と聞いている。Schneider社は、約270億ユーロ(約3兆1000億円)の年間売上額を持ち、フランスに本社を置く、コングロマリットだ。売上額では、日本のNEC社と同程度の規模に当たる。従業員数約13万5000名 、その傘下に98のDistribution Centerを持ち、207ヵ所のファブを44ヵ国に持つ。ファブスマート化による、全社に渡る製造効率の改善を目論み、2017年にスマートファクトリープロジェクトをスタートさせた。6ヵ月で、10の工場にプロジェクトを展開して、現在では、80の工場でDXプロジェクトが進行中という。

戦略的には、スマートファブ化の全社的展開のコンセンサスが成立している。その中で、小さなプロジェクトから始め、次第にプロジェクト規模を拡大している。目標は大きく、現実は、足元の一歩から、という手堅い考えだ。

同氏が使ったケンタッキー州レキシントンのアセンブリ工場のケースは、このカンファレンスの発表の中では、最大規模のプロジェクトの例だと思う。(図2.4) この工場は、1957年に建てられ、従業員数408名である。配電盤用の部品や、セイフティスイッチを生産する。アセンブリ工程に使われる主なプロセスは、プラスチック成形、電気メッキ、電気ペイント、金属加工というところである。新鋭工場の話ではない。工場の規模から考えて、プロジェクトの対象となる、ネットワークに接続する装置の台数は、最大で数百台というところかと推定される。


GSC Lexington, KY Plant, Schneider Electric

図2.4 Schneider社レキシントンファブ 出典:Brownfield Smart factory, Lexington, KY , Kenneth Labhart, Schneider Electric を元に筆者が作成


Labhart 氏の講演は、データの「見える化」のインパクトを述べた内容であった。工場の流れ作業の中で突然起こる装置の停止(unplanned equipment down)は、厄介な問題である。装置停止に至るには、予兆がある。予兆を見つけ、故障に至るメカニズムを理解して、対応策を行使するという話だ。

装置停止の予兆となる装置のパラメータを絞り込むためには、データ収集の仕組みに、一旦は触れなくてはならない。アセンブリ工場には、少なくとも、数種類の異なる工程があり、各工程には数十台から数百台の装置が動いている。工程の違いから、装置から集まる情報の種類が異なっている。筆者は、この時点で、各プロセスから集めてくる情報がプロセス毎にどのように違っているのかの記述に、困難を覚えながら書き進めている。概念的なレベルの記述でお許しいただき、話を進めたい。

装置から出てくるパラメータ(例えば、電流、電圧、流体の流速、圧力、温度、バルブの開閉速度、プロセススピード、オペレータの報告等々)は、数多くあり、装置停止に関連するパラメータと、全く関連しないパラメータとが混在している。このデータの山の中から、関連するパラメータだけを絞り込む。関連するパラメータから予測モデルを作成して、そのデータをモニターする。

筆者は、半導体前工程に使われているビッグデータ収集の世界に、長く従事した。半導体前工程のアタマのままでいる。この時点では、どの程度精密なデータ収集が行なわれているのかという期待を内包してプレゼンテーションを聞いている。

1分間の間に、どれだけ大量の情報が、ネットワークに流れ込んでくるかを考えると、頭が真っ白になる。これらの情報は、リアルタイムで処理されなくてはならない。装置から出てきた情報をデータベースの中に格納して、いつでもすぐに取り出せる状態にすることである。各データには、住所(アドレス)が付いており、データベースの決められた番地に収まっていく。人間は、これらのデータをグラフやプロットの形に「可視化(見える化)」しないと、理解できない。データの可視化するためのソフトウエア群が必要になる。

この一連の作業に、リアルタイムが要求されるのだ。装置が止まってから、データが出てきたのでは話にならない。このような高速化での大量のデータ処理はビッグデータ収集システムと呼ばれ、ここ数年ようやく実用化されてきている。

このようにデータを見える化したのち、どのパラメータを監視して、どのような異常挙動が出たら、装置停止が起こってしまうかを理解する。これが、予測モデルの概念である。予測モデルからの情報で、装置が停止する前に装置メインテナンスを行う予知保全が必要である。

近年騒がれているAIは、この過程で力を発揮する。ここでしばしばAIが判断を行うとの誤解がある。AI (機械学習やディープラーニング)は、蓄積されたデータ間のあらゆる相関関係を高速で解析できるため、いろいろなケースを組み合わせたシナリオを瞬時に組み立てることができる。いわゆる、予測モデルによる想定シナリオである。予測モデルの基本を作るのは、データサイエンティストと呼ばれる技術者である。予測シナリオの中には、もっともらしいシナリオもあれば、反対にとんでもないと思われるシナリオもある。

どのシナリオを基にして、対処療法を組むかを判断するのは、人間だ。どのような対処療法を取れば、大事に至ることなくすむのか、判断を求められる。仮に、装置停止が起こっても、どのような対処療法をとれば、短時間で装置を復帰させ、被害を最小に食い止めることができるか、最重要な判断を下すのは、人間なのだ。

このケースでは、装置のUnplanned Equipment Downtimeの6%削減を報告している(図2.5)。また、Mobile AR(拡張現実)を使った、装置とそのデータを同時に視覚化する有効性についても言及した。20%のMTTR(Mean Time To Repair)削減の例である。OEE = MTBF/(MTBF+MTTR)の式を思い浮かべると、MTTR20%削減の与えるインパクトは大きいものがある。ここで、OEEは総合設備効率(Overall Equipment Effectiveness)、MTBFは平均故障間隔(Mean Time Between Failures)である。


Start Small - Move quick - Generate Ideas

図2.5 ケーススタディ、スマートファブ 出典:Brownfield Smart factory, Lexington, KY , Kenneth Labhart, Schneider Electric を元に筆者が作成


この辺りになり、遅まきながら、筆者のアタマの切り替えが始まった。このプレゼンターの主題は、高速データ収集や予測モデルを使ったリアルタイムでの予測という先端ITの仕組みを述べることではない。このようなITの仕組みを、製造現場で使いこなそうとしている現実を彼の視点から述べることにあるのだ。図2.5の中で、MobilityとKnowledge sparkという言葉が印象的だった。ことが進行している場で、人間がITシステムの力を借りて、その場で事態を理解し、最適な解決策を判断する。事件は現場で起きているのだ、会議室ではない。どっかのTV番組で聞いたセリフを思い出す。判断を素早く実行に移すことによって、Mobilityを確保する考え方を示唆している。

その後、Labhart氏は、ITとOT (Operation Technology) に言及し, 両者の融合の必要性を述べている。さらに、製造現場での人の役割の変化にも簡単に触れている。

一点だけ、言葉には上ったが、言及しなかった項目がある。ROI (Return Of Investment)である。6%の装置停止時間の削減というアウトプットに対して、見える化に必要なITシステムへの投資額は見合うものであったかどうか。筆者はこの点に関心があった。しかし、このプレゼンテーションにおいて、ROIは考慮するのに必要な項目である、と述べただけに留まっている。

最後に、DX(デジタルトランスフォーメーション)の旅は始まったばかりであり、この後も、スマートファブの実現には、Long Journeyが必要だと締めくくった。彼の講演の雰囲気は、 単にバラ色の将来像を描くものではなかった。製造組織の中で、DXを推進するリーダーとして、プロジェクトの成功に向けての現実的な歩みをとつとつと語る、重みのある内容であった。彼の面影の中に、一瞬、深いシワを見たのは、筆者の気のせいであったのだろうか?

会場の反応は、淡々とした雰囲気であるものの、熱心にメモを取る姿(ラップトップを叩く姿)が多かった。途中、深く頷く姿も多く見られた。出てきた質問は、DXプロジェクトを推進するにあたっての、社内根回しやら、リスクの取り方に触れる内容であった。ANDONという製造理念は、今日の成功をもたらせたものである。DXプロジェクトを推進するということは、一旦成功をもたらした理念を捨てまで、さらなる製造効率を求めるために、別の製造理念に移行することだ。先端ITを使った仕組みへの移行過程を社内組織の中でどう行なっていくのかという観点での、アドバイスを乞う質問が目に付いた。米国での組織内部の根回しは、日本でのものとは異なる面があるものの、結構しんどいものだ。質問者の方も、プレゼンターと同じような推進者としての立場にあるようだ。

2-4. 28%の成功確率の話

スマートファブへの道は、平坦ではない。米国ではどの程度の企業が、スマートファブ化へ、具体的なアクションを取っているのだろうか?参考になるレポートがある。INC Researchが2019年9月に出したレポートだ。次のようなデータがある;

・8% の企業-- DXを具体的に社内プロジェクトとして推進し、大規模な成功例を経験している。ビジネスとして、ROIの結果を出している。改善のスピードにも満足している。
・20% の企業--- 目に見える改善結果が出始めている。会社全体としても妥当な価値を認められている。プロジェクトの規模拡大に意欲を持てる。
・13%の企業 -- パイロットプロジェクトの段階で止まっている。はっきりとした改善効果が得られていないため、次への明確なステップが描けていない。
・37% の企業-- パイロットプロジェクトが進行中で、まだ結果が見えていない。
・22%の企業 -- DXを展開するかどうか、まだ検討中。

このデータから、28%の企業が、スマートファブ化に積極的に取り組んで、継続的に拡大化を進めていく考えを持っていると見て良いと思う。

28%の成功の分類に入る中でも、スマートファブ化に先行している、いわゆる第1グループの企業は、企業あげての取り組みを行っており、先のSchneider社のケースはこの例に入る。同じ28%の中でも、第2グループの企業は、全工場で展開しておらず特定の事業所か、特定のプロセスに展開している段階だ。

今日の成功を捨ててまで、新しい仕組みへの移行を試みるにあたり、28%をリスクに見合った確率と見るか、それとも、割の合わない確率と見るか?この数字、読者の皆さんは、どの様に捉えるだろうか?

この回、先端IT技術を活用し、スマート化を図る推進者の視点を紹介した。目標は高く、現実的な一歩は手堅い考え方だ。天翔ける様に迫り来る先端IT技術に対して、それを現実に使いこなす、地面に足をつけたとも言えるOT側の視点をみることができる。

半導体新鋭工場にインストールされる先端ITシステムビジネスでは、装置台数、ネットワークのサイズの大きさ、それらに回される投資金額、いずれも巨大である。巨大な資本が一度に投下され、先端IT技術、最新装置、最新プロセス技術、先端技術者集団が、天空より舞い降りる様に事態の進展を進めていくような、スピード感にあふれたビジネスだ。

しかし、IoMで筆者の目に映っているのは、このような世界とは異なる。一つ一つは小規模な古いファブ、異なる場所に立地する多数のファブが対象だ。講演内容は手堅いものの、地味な印象を覚える。筆者には、華やかさに欠ける、ある意味では気がかりな始まりに見えていた。

次回では、IT技術側の視点に立ち、何が見えているかを紹介したい。
(続く)

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