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姿を現わしつつある米国のDX:第2部IoMとIndustry 4.0 (1) 軋みをあげる巨人

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AEC/APC Symposium Japanの前川耕司氏が米国におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)事情について、第1部では次世代通信技術5Gについてレポートした。今回から始まる第2部では、IoM(Internet of Manufacturing)とIndustry 4.0について議論する。その第1回はIoMに関するカンファレンスからレポートする。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

ここ数年、世界の半導体デバイス工程(半導体チップの製造プロセス)で、ビッグデータ収集技術が急速に普及している。近年建設された新鋭工場のほとんどが、これらの技術を行使して、半導体チップを製造している。日本でも、AEC/APC (Advanced Equipment Control/Advanced Process Control) Japan Committeeは、ISSM (International Symposium on Manufacturing) Japanと共に、FDC (Fault Detection and Classification)、AI (Artificial Intelligence) 技術を使用したビッグデータ収集システムによる、先端プロセスコントロール技術の普及に長年に渡り地味な努力を重ねてきた。近年、その顕著な成果を、日本においても見るように思う。

それでは、半導体以外の製造業で、このような技術はどのように使われているのだろうか?  筆者が長年心に抱いていた疑問である。

米国においてIoTの概念を製造業に持っていこうという動きが現れてきている。その動きの一つに、IoM (Internet of Manufacturing)というカンファレンスがある。第2部では、IoMで見聞きした話を書いてみたい。

目次(第2部)
第2部 IoMと Industry4.0 – 軋みを上げる巨人
2-1. IoM South 2019 – DXと製造
2-2. 製造工場でのIndustry4.0のイメージ:スマートファブへの長い道のり
2-3. スマートファブの現実は?
2-4. 28%の成功確率の話
2-5. AI (ML), PM、KPI, OEE そしてエッジ-クラウドコンピューティング
2-6. 予知保全の最適化でKPI向上を
2-7. 設計と製造の最適化
2-8. ITとOT:必要とされるスキルの持ち方 の将来像
2-9. とある参加者との立ち話 --- 未来への備え

2-1. IoM South 2019 − DXと製造

IoMカンファレンスは、スタートして、まだ3年という、歴史の浅い集まりだ。IoM South と IoM MW ( Mid West)という名称で、交互にカンファレンスを開いている。2019年のIoM South は、米国石油産業の中心、テキサス州ダラスで開催された。IoM MWは、2020 年、米国アセンブリ産業の中心、イリノイ州シカゴ市での開催である。

2019年11月18日より、3日間、IoM Southに参加した。筆者の自宅があるワシントンDCより、飛ぶこと4時間弱、DFW(ダラス・フォートワース空港)に着く。冬が始まろうとしていたワシントンDCと違い、DFWは快い秋の気候であった。広大な空港の敷地内を、フリーウエイが横切っている。多数のクルマが行き交うフリーウエイの上には、橋がかかっていて、その橋をB−777がゆっくりと渡っていた。この光景を見るたび、アメリカ的だな、と訳もなく思う。

開催場所であるテキサス州ダラス市は、故ケネディ大統領暗殺の地でも知られている。筆者にとっては、約20年ぶりの再訪であった。スナイパーが銃撃を行なった建物は、未だその場所にあったが、周りの光景は一変していた。以前は、倉庫街の印象であったが、今は、ガラス張りの高層ビルが立ち並ぶダウンタウンに変化していた。米国南部に来るたび、行き交う人の人懐っこい挨拶の行動に、心もほぐれる。仕事の時に見せるテキサス野郎の迫力ある姿とは、ちょっと繋がりにくい。カンファレンスが開催されたホテルは、ダウンタウンから、はるかに離れた所で、周り2マイル(3.2km)は何もないという場所であった。朝から晩まで、同じようなメンバーが同じ会議に集い合うという、仕事に集中できる絶好(?)の環境であった。

IoM Southは、参加者数400名弱、プレゼンテーション参加会社40社以上という、規模の大きいコンファレンスである(図2.1)。参加者の60%以上が、製造業関係者であり、75%がテキサス州よりの参加であった。参加者の25%が、ディレクターからCクラス (CEO, CFO, COO など)の上級マネージャー、50%がマネージャークラスという、製造事業を推進する立場の人たちの集まりである。


Internet of  Manufacturing South 2019

図2.1 IoM South 2019のアナウンス 出典:IoM South 2019


DC5Gのように、一時間のパネルデスカッションの後、30分の休憩を挟む。この間、参加者同士の交流を促すような時間構成である。主体となる話題は、石油産業関連、アセンブリの分野である。主題として掲げられたテーマは以下の3つである;

・IOT & AI in Operation & Production
・IT & Data Solutions: Edge to Cloud
・Industry 4.0 Product Design & Engineering

これらは、新聞や雑誌でIoTと随分騒がれている分野である。半導体前工程でのファブオートメーション、スマートファブ化に寄り添ってきた筆者は、米国製造業の半導体以外の分野で、どれほどの技術的な進展が見られるのか、大いに興味があった。技術的にも、データ収集に始まり、データ解析、予測モデルを通じた先端プロセスコントロールの話が、大規模なプロジェクトのケースとして語られるのではないかと期待するところ大であった。

期待に反して、IoM Southで見たものは、地道な展開であった。上級マネージャーのプレゼンタが多かったせいか、技術の細部に渡る話よりも、マネージメントとしてビジョンを語る傾向を見たと思う。そこには、スマートファブ化という高い目標を掲げながら、各要素技術の急速な発展も認めつつ、従来の製造理念からの脱皮の努力を物語るものであった。製造という巨人が、軋み(きしみ)を立てながらも、別の次元に移行しようとする姿を連想させる。

スマートファブ化の過程で、人の関与についてのコメントも多く、製造という世界が“人”と切っても切れない関係にあるという認識をうかがわせた。前回報告したDC5Gの雰囲気は、新しい次元の技術の標準化に伴う新しいビジネスの展開を明るく見据えていたものだった。これとは対照的に、このカンファレンスでは、新技術の展開がそれの使い手により、ビジネス的に成功するかどうか、模索しながら進んでいるという印象だった。

現行のプロジェクトの規模も、50万ドル (5000万円強)以下が7割であり、この分野が、現在、パイロットプロジェクト規模の段階であることをうかがわせる。発表件数は40件以上あり、プレゼンテーションとしては1,000ページを軽く超える分量である。筆者の力量を持って全てを網羅することは不可能である。ハイライト的な内容で、ご容赦を願いたい。

IoMの前にDC5Gに出席していたので、5GのIoMへのインパクトに関する話題を期待していたのであったが、期待外れに終わっている。3GPP(携帯通信の標準化を進める団体)はIoTに関する5G技術の標準化を早くとも2020年Q1にまとめ上げる予定でいるため、2019年11月の段階では、5Gへの見解は不可能であると悟った次第だ。

2-2. 製造工場でのIndustry 4.0のイメージ:スマートファブへの長い道のり

Corning 社でScience and Technology 担当Technology and Market Development Manager のKaren Matthews氏のプレゼンテーションが、全体像をイメージするのには最適と思う。図2.2は、第1 次産業革命、Industry 1.0より今日までの歩みを示している。Industryの各フェーズにより、自動化の中身は異なっている。Industry4.0では、サイバー・フィジカルシステムや、IoT、ネットワーク技術により、スマートファブ化を加速する意図がある。


Industry 1.0-4.0

図2.2 Industry 1.0から4.0までの歩み 出典:Industry 4.0: How ”Smart Factories” could change the foundation of how we manufacture, Karen Matthews, Corning Inc. を元に筆者が作成


会場を見渡すと、参加者は皆神妙に聞き入っているが、どこまで理解が浸透しているのか、筆者自身も含めて怪しいものだ。この下り、IT関連の用語も多く英語に相当する日本語を見つけることが、不可能である。この時点で筆者は日本語での文章を書くことにやや、困難を覚えている。出来るだけ、わかりやすい言葉を使い、話を進めることに努める。

2019 年になり、米国の製造業においてようやくIndustry 4.0はその姿を表し始めたように思う。現在見えてきている製造業におけるスマートファブの到達点は何だろう。予測モデルに基づく装置のメインテナンス時期の最適化と作業オペレーションの最適化で、OEE(Overall Equipment Effectiveness, 総合設備効率)の改善である。このような仕組みを構成するのは、ネットワーク(エッジコンピューティングおよびクラウドコンピューティングの組合せを含む)、ハードウエア、AI、“見える化”のためのソフトウエアである。これらを物理的に接続して行くのは、光ファイバだ。

Industry4.0レベルの大規模なデータを扱うスマートファブには、光ファイバによる大規模なデータパイプラインが必要なのだ。

同様な見解を、DC5Gで聞いたのを思い出す。Corning社としては、オイシイ見解だ。未来の工場では、最終の末端でユーザーは情報をワイヤレスで受信するのかもしれないが、それ以前の工程には、光ファイバが多用される。

2023年でのIndustry4.0に関わる接続関係の市場予測として、3100億ドル(約31兆円), CAGR (Compound Annual Growth Rate )は、37%というデータを示した。この数字は、製造業だけでなく、スマートシティにおける社会的インフラも含まれると筆者は考える。とてつもなく多額なので、頭がついて行きにくい。日本国の年間予算が約100兆円、日本国のGDPが約500兆円という金額をかろうじて思い出し、理解した気になる。

大規模な市場創出は、既存の社会構造に多大な変化を短期間にもたらす。1990年代にインターネットサービスが始まって以来、たかが10年という期間で、米国の社会構造は巨大な変化を引き起こしている。変化に巻き込まれた人々の顔が筆者の心をよぎる。

傾聴すべき点は、スマートファブへのアプローチの姿勢である。スマートファブという理想は高く掲げるものの、現実的には小規模なトライアルより始めて失敗から学びつつ、解決策を積み重ねることの重要さを強調している。(図2.3) 読者の中には、意外に思う方もおいでかと思うが、米国の製造技術関係者に共通する一面をうかがわせる。


Reality : Goal vs Start

図2.3 戦術的、戦略的目標の設定 出典:Industry 4.0: How ”Smart Factories” could change the foundation of how we manufacture, Karen Matthews, Corning Inc.を元に筆者が作成


振り返れば、この時点で、筆者はまだ、先端半導体前工程での経験から抜け出すことができていなかった。FDC技術よりスタートした、ビッグデータ収集システム、高度なアルゴリズム、AIによるウェーハ歩留まり予測モデルを使った先端プロセスコントロールは、今日、新鋭半導体工場に次々とインストールされている。このような新鋭半導体工場では、1000台以上の装置が稼働しており、大規模かつ高速のネットワークが展開されている。先端技術を使った半導体新鋭工場への投資額は10億ドル(1,000億円)のオーダーであり、ネットワークシステム関連だけでも、1億ドル(100億円)オーダーの投資が行われている。

この経験に囚われていた筆者から見ると、眼前で述べられているケースは、投資規模において一回り小さく、技術内容も先端とは言い難い印象があった。何をごたいそうに述べているのだという考えは、心のどこかに持っていたと白状しておく。

カンファレンスが進むにつれ、筆者はこのような思いを否応なく修正せざるを得なくなる。このカンファレンスで述べられているのは、古いファブのケースなのだ。新鋭工場の話は、華やかである。先端IT技術を、新鋭装置に接続して、一気呵成に製造ラインを立ち上げていくという話は、大規模な投資額もあり、マスコミでも大きく採り上げられる。

しかしながら、世の中で動いている製造工場の大多数は、10年以上前の古い工場なのだ。稼働している装置は、新しいモデルに取り替えられつつも、やはり、古い装置が主体である。投資される予算は、装置稼働を維持することに費やされる。

予算の額も、各ケースでは半導体前工程とは、桁違いに少ない。装置の台数も、半導体前工程のような大規模なものではなく、各ファブあたり数100台程度、小規模なものに至っては、数10台程度という声を聞いた。ネットワークシステムなどという、気の利いた仕組みもないところが多い。それよりも、ネットワークを古い装置のセンサに接続するための仕組み(標準化技術)さえもないことが多い。IoMが現在取り組んでいる課題は、先端IT技術をこのような古い製造工場に展開するという、かなり困難な、しかし野心的課題である。

この項では、米国製造業でのDXの萌芽とも言える光景を書いた。新鋭半導体工場のケースに比べ、各ケースでの規模も小さく、古いファブのケースである。しかし、対象となるファブの数は、新鋭工場をはるかに凌駕する。先端ITの展開がどのように進んでいくのだろうか?巨人が軋みをあげて動こうとする様を、筆者は次第に見ていく。
次回に述べたい。
(続く)

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