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TSMCから学ぶこと

台灣積體電路社(TSMC)の業績は順調のようだ。この4月に発表された直近の四半期の売上高は、875億台湾ドル、即ち邦貨では2853億円である。経常利益は、同284億台湾ドル(邦貨 922億円)で利益率は32.2%とかなり高い。

TSMCはファンドリーであって、ファブレスと言われる超LSI設計会社が設計を済ませたデザイン情報を基に製品の製造を委託され、完成品を顧客に収めるビジネスモデルを生み出してきた。したがって顧客の設計会社(仮にA社とする)はそのような製品を最終ユーザーに販売して売上を計上する。半導体売上ランキングに関わるのはこの場合A社であるためにTSMCは定義上から言ってランキングに参加しない。しかしながらTSMCは間違いなく100%半導体製造ビジネスに参加しているゆえに、仮にその売上高を半導体売上ランキングに並べてみることは意味がある。

米国市場調査会社、ガートナー社の2007年の売上ランキングでは、インテル、三星、東芝、テキサスインスツルメンツそしてインフィニオンの順である。上記の理由でTSMCはランク外であるが、もし並べてみるとインフィニオンを凌駕して5位に入る。筆者の意見を申せば、世界5位がTSMCの実力と考えても良いだろう。TSMC、インフィニオンに続くランキングはSTマイクロ、ハイニクス、ルネサスそしてAMDである。こうみると世界の10傑は、米国3社、日本2社、欧州2社、韓国2社、そして台湾1社から構成される。我国の2社は少なくて不満であるが、それは日本の問題として置く。そのことを除けば、世界のハイテクのリーダーになった国々に半導体ビジネスはやや良いバランスでもって分散しているといえよう。

さて歴史を遡りTSMCが誕生した1987年の半導体業界を振り返って見てみることにしたい。ガートナー社のランキングではインテルが10位で三星は全く見えない圏外にいた。日本勢は、NEC、東芝、日立製作所、富士通、三菱電機が入った圧巻の5社、米国は4位と5位にモトローラとテキサスインスツルメンツがそれぞれ入っていた。それにナショナルセミコンダクターとインテルの計4社である。そして欧州はフィリップス1社のみだ。当時、いかに日本の半導体各社のトップが鼻高々で嬉々としていたかが想像できる。事実そうであった。DRAMがデバイス需要の大勢を占め、高いレベルのDRAM製造方法とその信頼性水準を保つことに成功した日本勢が半導体ビジネスの頂点にあった。

ただし、DRAMを開発してビジネスに乗せたパイオニアはインテル社だ。そのインテル社がDRAMから撤退を決めて発表したのがこの前の年だった。筆者は当時米国に滞在していたがシリコンバレーのトップ経営者の一人からインテルのその撤退は日本の責だ、と言われてしまった。1987年は日米半導体摩擦の頂点の年でもあった。

この年にTSMCを起業したのがモリス・チャン会長である。チャン会長の元の職はテキサスインスツルメンツの筆頭副社長でその組織で筆者は仕事をしていた。1970年頃の話だ。部下のアメリカ人から何度モリスの厳しさを聞かされたか数えきれない。とにかく、モリスは鋭い。同社は四半期ごとにオペレーションのレビューをしていて各事業部長はモリスと社長マーク・シェファード等の前でプレゼンをすることになっていた。終わるとモリスの質問が始まる。それは攻撃とも呼ぶべき鋭い内容で事業の弱点や問題点を嫌というほど突かれるのだ。各事業部長は山のような宿題を背負ってプレゼンの壇上を降りる。頭脳明晰で数字に強く記憶力抜群のモリスは3ヵ月後のプレゼンでも細かい数値を含む前回の宿題を決して忘れない。

こうして、テキサスインスツルメンツ社にモリスの伝説が生まれ、同社は当時からほぼ一貫して世界で4〜5位のランクを保って来た。モリスはMIT(マサチューセッツ工科大学)で学士と修士をスタンフォード大学で博士号を取得している。若くしてテキサスインスツルメンツに参じ半導体製造の全てを学んだ。そのモリスが台湾政府の協力を得てTSMCを起業するニュースが1987年に伝わった時、筆者はTSMCは大きくブレークすると思った。理由は明瞭であってモリスの能力と経験に人脈、ビジネスモデルの斬新さ、政府の支援、そして従業員となるだろう台湾の優秀な若者達のハングリー精神を考えれば、リスクは限りなくゼロに近い。

残念ながら、当時TSMCの脅威を語る日本のリーダーは皆無だった。それどころかTSMCが失敗するシナリオを想定していたのが真相だ。何せ1987年はランキングで日本各社がトップはもちろんのこと、それに続いてほとんど計5冠を手にしていた。ただ、「奢る平家は久しからず、盛者必衰の理あり」という言葉通り、その後の日本半導体はいまひとつ元気がない。

C.クリステンセン著「イノベーターのジレンマ」でも述べている。いったん成功したものは、成功体験を維持するため、連続的な改善だけで進み、後発の革新的イノベーターをあなどり、 結局は追い越されてしまう。成功体験に溺れてはイケナイ。強さゆえの油断が元凶だ。過去にトップであったプライドが柔軟な戦略を妨げてしまう。日本は今や後発と開き直り、過去の栄光を捨てて革新的イノベーターになるべきなのだろう。


エイデム 代表取締役 大和田 敦之

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