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電子立国復活で未来を拓け

先ずは長期的視野を持とう
久し振りに機械振興会館に行った。目的は2015年9月26日に開催されたIEEE 東京支部講演会に出席して、東京工業大学名誉教授岩井洋先生の「2015年IEEE Cledo Brunetti Award受賞記念『微細化限界が迫る電子デバイスの未来』」(参考資料1)を聴講するためであった。まずは御受賞に対して心より御祝詞と、先生の日頃の御研鑽に敬意を表したい。

ご講演内容と共に感銘を受けたのは、岩井先生が85年先、つまり2100年までを視野に入れて電子デバイスの未来を熱っぽく語られたことだった。私事になるが、75歳を超えて後期高齢者と言われるようになると、5年先ははたして自分は生きているかという思いが先に来てしまい、10年先でさえも考えられなくなっている自分にとって、覚醒せよとの重い一撃を食らわされた思いであった。

以前、孫正義氏は先を見通す方法として、「10年先のようなはるか将来の事は誰が考えてもそう狂いはない。従ってまずは遠い将来をイメージして、次いでその実現のためには3年先の近未来はどうなるかを考え、そしてそのためには今は何をすべきかを考えるのだ」と述べておられた(参考資料2)。

前にも記したように(参考資料3)、50年前に筆者が学生の頃、まだ世の中がブラウン管テレビの時代に、東北大学電子工学科の故和田正信教授が「将来は液晶のフラットパネルで壁掛けテレビが可能になる」と述べられて液晶の研究を進めておられたことや、学会での反論や嘲笑をものともせず、ガラス繊維の中に光信号を通して通信を行うという光ファイバ通信の研究を進めておられた東北大学電気通信研究所教授西澤潤一先生を思い出すと、一つの産業が興隆するためには、それなりの先見の明を持った先駆者がいて、少なくても30年前から心血を注ぐグループがあることが必要である。50年前には今の液晶フラットパネルの時代や光ケーブル通信の時代を予測できた人は何人いたであろうか。そういう意味でも85年先のことを考え、今何をやるべきかを説く教授がおられるのは大変心強い。

国家プロジェクトも長期的視野で継続を
それに先立ち2015年9月18日に第6回TIA-nanoシンポジウム(参考資料4)が開催され、聴講に行った。産業技術総研究所の金山敏彦副理事長が第1期2010年-14年の成果を報告され、今後の第2期2015年-19年のビジョンを説明された(参考資料5)。第2期は先を見越して高エネルギー加速器研究機構と連携して光・量子分野(参考資料6)を採り上げ、さらに筑波大学附属病院と共にナノバイオ実装化のための戦略組織(T-CReDO)を立ち上げてナノバイオ技術分野(参考資料7)を取り込んで推進するとのことであった。今後のさらなる成果が期待される。SEMATECHもIMECも長期間継続して成果を出している。是非TIA-nanoのようなプロジェクトも、時限が来たら終わりということではなく、長期ビジョンの基に折々の脱皮や改変をしながら、長く継続してもらいたい。

余談になるが、定年になり組織を離れると論文を読む時間は生ずるものの、装置や計器に触る機会がなくなり、どうしても机上の勉強が主になってしまう。主流が見通せなくなることを恐れて、年金生活のため交通費があまり負担にならない範囲で、無料の講演会や展示会に出かけ、新しい知識を得るよう努めている。しかしそのような努力を続けていても、やはり学会発表や論文になるまでの間にタイムラグがあるからであろうか、出かけるたびに何らかの新しいことを気付かされる。

この度もTIA-nanoのパンフレットを見ていると「走査型ヘリウムイオン顕微鏡」という言葉が目にとまった(参考資料8)。現在「RBS」、即ちRutherford Back Scatteringという言葉が定着する前は「MeVヘリウムイオン後方散乱スペクトル」(参考資料9、10)と言われ、筆者の学位論文にも関連する分野でもあったので、ヘリウムイオン顕微鏡とはどういうものだろうかと興味を持った。しかし、残念ながらパネルも展示されていない上、2-3人にも聞いてみたが、原理を説明してくれる返事は得られなかった。

帰宅してGoogleで検索すると「走査型ヘリウムイオン顕微鏡」は、RBSの特徴は元よりSEM(走査型電子顕微鏡)とFIB(集束イオンビーム)の両方の特長を兼ね備え、しかもTEM(透過型電子顕微鏡)のような使い方も可能とのこと、焦点深度が深く、鮮明な画像がレビューペーパーになっている(参考資料11)ことを知った。産業技術総合研究所では共用施設として開放されている(参考資料8)とのことで、この設備に限らず、広く活用されることを願う。顧客が活用することでプロジェクトも長続きする。

上り坂にある分野ではがむしゃらに働く姿がどこでも見られる
冒頭の機械振興会館にはJEITAがJEIDAであった時代から東京農工大学名誉教授垂井康夫先生の御指導でシリコン技術委員会(参考資料12)が組織され、その下部組織に多層集積技術動向調査専門委員会(参考資料13)があった。そこで多層ウェーハニーズ調査ワーキンググループが編成されてSOIウェーハの標準化(参考資料14)が進められたおり、筆者は主査を仰せつかったのでよく通った。ワーキンググループメンバーが多忙だったため、いつも夕刻5時からの会合だったが、それでも垂井先生は毎回出席され、指導された。

(株)電子ジャーナルが閉鎖されるとき、木浦編集長をお訪ねした。木浦氏は土曜日曜もなく出社することで有名だったが、期せずして、「我々はそれなりにがむしゃらによく働きましたよね」ということになった。事業撤退の悔しさを言外に含ませながらの述懐であったが、精一杯やったという気持ちが滲み出ていた一言であった。

先の和田研究室も西澤研究室も、当時は煮えたぎるような活気があった。そしてまたRBS草分けの頃のカリフォルニア工科大学 故J. W. Mayer研究室もまた世界中から研究生が集まって活気に満ちていた。当時は物理学部門の加速器を借りていた上、会社から戻ってきた研究員も多く、生活が懸かっている研究員間のマシーンタイム争奪戦はすさまじいものがあったことを記憶している。米国の活力の源を見た感がしたと記憶している。

新しい産業が起きる時や新しい学問分野が拓ける時は、大勢の人をその方向に向かわせる台風の目のような強烈なエネルギーが必要である。1000人単位の職を創出する工業を生み出すのは、数人のわずかな人数では、よほどの幸運が伴わない限り無理である。

集まって皆で機運を興そう
その意味で今求められているのは、ワイワイ集まって皆で産業を起こす機運ではないだろうか。真偽のほどはわからないが、半導体勃興期には通産省の官僚が夜、ウィスキーを飲みながらワイワイやって盛り上がり、その中から優れた政策が生まれると聞いたことがある。1967年通産省大型プロジェクトの頃だから、今から半世紀も前の話である。生真面目なメディアにはまた眼をむかれるだろうが、そのくらいのことが許されないと、文殊の知恵も出ないのではなかろうか。

前記のIEEE東京支部のご講演の最後に、岩井先生が「電子工学分野ではもう完全に中国に負けている。欧州の学会から帰って来たばかりだが、飛行場では周りに中国人が非常に多かった」と述べておられた言葉が印象に残った。一方、TIA-nanoのポスターセッション会場でお会いした某国立大学の講師を目指す若い科学者に、「大学でも今は『半導体』と冠がつくと学生が集まらないので、その言葉を外してくれと言われる」と聞かされた。世界ベースでは半導体産業自体は順調に伸びているにもかかわらず、韓国、台湾、米国企業に寡占化され、その莫大な利益はそのような企業に集中している。かつての「電子立国日本」の気概はどこに行ったのだろうか。

85年と言わないまでも数年先を見越して、日本のエレクトロニクス業界を再興する覇気は生まれないのだろうか。投資金額が高いと言うのなら、なぜ安価に作れる方策を考えないのか。高額なEUV露光装置でなくても、電子ビームを活用する道もあろう。昔は集束電子ビームを得るために多数の均一な電子銃を作るのが困難だと言われた時代もあった。しかし今なら東北大学名誉教授江刺正喜先生や東京農工大学教授越田信義先生によれば、多数の均一な電子銃をMEMSで作ることも可能である(参考資料15)。このような日本発の技術を積極的に国内で具体化する機運が求められる。

技術のみでなくマーケティングも忘れずに
但し、技術だけあってもその技術を何に使うのか、何を作るために活用するのか、作ったものの市場があるのかという探究も大事である。過去の国家プロジェクトで欠けていたものと考える。この分野の経費は生産設備の研究と異なり、わずかの額で済む。国立の政策研究大学院大学があって、立派に機能し貢献しているのだから、半導体に限らず広く産業を横断した、民間ベースのマーケティング研究大学院大学があっても良いのではないかと常日頃思っているのだが、いかがであろうか。

官に話せば「マーケティングは民間がやること」とのことである。それならば、と民に話せば「成果がすぐには測れない」「実績を評価するのが難しい」という反論であった。それは「政策」であっても「市場(創出)」であっても同じであろう。

超LSI共同研究所の成功要因は、基礎的共通的課題に特化したからとされている(参考資料16)。マーケティング研究にも皆で協力してできる基礎的、共通的な課題は山とある。IoTの活用で生まれる市場などは、そのような研究から生まれるものも少なくないのではなかろうかと思う。

東京大学大規模集積システム設計研究センター客員研究員
東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻非常勤講師
武田計測先端知財団プログラムオフィサー
鴨志田元孝

参考資料
1. 岩井 洋「2015年IEEE Cledo Brunetti Award受賞記念『微細化限界が迫る電子デバイスの未来』」、IEEE東京支部講演会、2015年9月26日
2. 孫 正義 2005年4月24日 NHK放映
例えば谷本有香「孫 正義氏が掲げる『300年ビジョン』の意味」でも趣旨は窺える
3. 鴨志田 元孝、 “先見の明は先入観にとらわれないことから始まる”、Semicon Portal 、2013年6月16日
4. 第6回TIA-nanoシンポジウム つくばイノベーションアリーナナノテクノロジー拠点(TIA-nano) 資源好循環を促すオープンプラットフォームTIA-nano
資料はその後、事務局長 岩田 普氏より下記が提供されている
https://www.tia-nano.jp/events/2015/0930.html
5. 金山 敏彦、「TIA-nano第1期成果と第2期ビジョン」第6回TIA-nanoシンポジウムつくばイノベーションアリーナナノエクノロジー拠点(TIA-nano)、17Sep.2015 上記岩田氏より配信された資料
6. 野村 昌治「光・量子で拡がるTIA-nano連携」同上
7. 松村 明「TSUKUBAから発信するライフイノベーション―ナノバイオ実装化のための戦略組織(T-CReDO)−」同上
8. TIA nanoパンフレット“「つくば」から未来の産業へ 第2期[2015年―2019年]” 2015.08 p.13
9. 例えば鴨志田 元孝「シリコン素子とイオンビーム後方散乱スペクトラム」、日本結晶成長学会誌3、76 (1976)
10. I.V. Mitchell, M. Kamoshida, and J. W. Mayer, “Lineshape Extraction from MeV He+ Backscattering Energy Spectra: Aluminum Oxide on Silicon,” Phys. Letters 35A, 21 (1971)
11. G. Hlawacek, V. Veligura, R. van Gastel, and B. Poelsema, “Helium Ion Microscopy,” J. Vac. Sci. Technol. B32(2), 020801-1 (2014)
12. (社)日本電子工業振興協会シリコン技術委員会
13. (社)日本電子工業振興協会シリコン技術委員会多層ウエーハニーズ調査委員会
多層集積技術動向に関する調査研究報告書掘‖茘蕎 多層ウエーハニーズ調査報告 (社)日本電子工業振興協会 平成6年8月
多層集積技術動向に関する調査研究報告書検‖茘蕎 多層ウエーハニーズ調査報告 (社)日本電子工業振興協会 平成7年6月
14. SOIウエーハ標準仕様 JEIDA-50-1996(96-基―1)、(社)日本電子工業振興協会 平成8年3月
15. 例えば池上 尚克, 小島 明, 吉田 孝, 西野 仁, 吉田 慎哉, 宮口 裕, 室山 真徳, 大井 英之, 越田 信義, 江刺 正喜、“超並列電子線描画装置用アクテイブマトリクスnc-Si 面電子源の開発(検法鼻第61回応用物理学会春季学術講演会予稿集18p-F2-12、p.07-042 (2014)
16. 垂井康夫編著、「世界をリードする半導体共同研究プロジェクト」、工業調査会刊(2008)、第1章超LSI 共同研究所、p.15に「基礎的共通的」の説明が記載されている

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