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DSPS教育者会議で見えた教育問題の原点

東京工業大学(大岡山)で開かれたDSPS教育者会議に初めて出席した。積和演算専門のマイクロプロセッサであるDSP(デジタル信号処理プロセッサ)は、級数展開できるさまざまな関数を数値的に解くための計算機としてはぴったりのデバイスである。数式や数式の級数展開や数学を扱う大学にとって、DSPは最適な教材だと常日頃思っている。

というのは、自然界のさまざまな事象を何らかの関数で表すことができるなら、ある範囲の収束条件の中で級数展開できるからだ。自然現象をDSPで計算すると、乗算機を持たないマイクロプロセッサで計算するよりも計算速度が速い。考えもつかなかった新しい現象を表すアルゴリズムや、新しい圧縮アルゴリズムなどの計算にはDSPはうってつけなのである。これまで何万行もかかっていたソフトウエアをずっと少ない行数で表すとか、シミュレーションを専用のDSPで短時間に計算するとか、賢いアルゴリズムは大きなビジネスになりうる。

この会議は、DSPを使って学生に何か専門的な分野の知識について教える会議として、ずっと前から興味を持っていたが、これまでは仕事の都合で参加できなかった。数式や自然現象の学術的な表現は大学の得意とするところである。大学が考え付く自然現象の数式表現が社会的にインパクトのあるものなら、大きなビジネスになりうる。例えば、金融商品デリバティブの投資利回りを微分方程式からブラック・ショールズの式を導いた人はMITの教授だった。彼らはノーベル経済学賞を受賞した上に、ブラック・ショールズの式は今や金融市場で当たり前のように使われ、世の中の役に立っている。

今回出席してみて感じたのだが、学生に興味をもってもらうためにどうすればよいか、という点に知恵を絞っている教師たちが多かった。神奈川工科大学の立花教授は、デジタル信号処理を教えるのにデジタル信号とは何かとか、アナログ信号処理との違いは何かとか、から教えるのではなく、CD音楽を聞かせることから始まるという。CDやiPodなどの最近の音楽のファイル形式を議論することから始めると学生は興味を示し、サンプリングやZ変換の話をする前に、WAVファイルを作成、編集を実習で体験させている。ここから周波数領域での音の分析やZ変換へつながっていく。音楽の次は画像圧縮につなげるためのFFTやDSPへと進めていく。

最初から数式や、なれない言葉を説明するのではなく、MP3プレーヤーやiPodの原理から入って行く。大学教師たちの素晴らしい努力の賜物である。同じようにプログラミングを教えるのに自律型ロボットを使ってプログラミングを経験させ、慣れてきたらロボカップへの出場を目指すという教師もいる。学生がこういったDSPなどの計算手法や新しい自然現象の解明に賢いアルゴリズムを生み出せるようになれば未来は明るい。

結局、学生が興味を持たないのは、文科省が指導する小学校からの指導要領が悪いのは間違いない事実ではあるが、教え方が悪いからだとも言われるため、大学の教師が教え方を磨いているのである。数学がわからなかったり、理科に興味のない学生が理工学部に来る時代になってしまったからこそ、少しでもわかる方法を開発しようと努力しているわけだ。

とはいえ、大学の教師だけに頼るのはやはりおかしい。小学校から子供たちにわかりやすく、きっちりと十分な時間をかけて教える授業を文科省がしてこなかったことが最大の原因であろう。文科省がなぜ数学を、なぜ国語を、なぜ理科を学ぶ必要があるのかをきちんと説明し、そのための戦略を提案し実行する仕組みを作り、それに向けた教育改革をすべきであろう。日本がこれからも、ものづくりで生きていこうという基本方針を出すのなら(小泉首相の改革にしてもまだこれすら出していない)、教育を根本から見直す必要がある。それこそ文科省は本当に必要なのか、文科部や文科課ではなぜだめか、教育委員会は本当に必要か、という基本的な問題から議論していかなければ小手先の改良(改革ではない)で終わってしまうだろう。


津田建二

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