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海外の視点で日本の半導体産業を見ると、見えてくる日本の特殊性

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グローバル化の必要性は今や誰もが口にするようになった。だが、グローバル化はなかなか進まない。かつて海外に進出したこともあるし、海外企業とコラボを組んでもうまくいかなかったことがトラウマになっている例もあるようだ。今、日本半導体のグローバル化は嫌が応にも迫り来ている。好き嫌いを言っていられない。まず、海外企業の気持ちをつかむことが第一歩ではないだろうか。

私自身は10数年前から、海外の視点で日本を見るという作業を続けてきた。1990年代の初め手掛けていた英文誌Nikkei Electronics Asiaからその作業は始まった。この雑誌は韓国・台湾・シンガポール・香港という先端アジアの電子エンジニアを対象とした月刊誌だった。読者視点で記事を作るために自分もアジアのエンジニアから日本を見てどのような話題が受けるかをアジアの読者に取材して常にアジアの視点で日本を見るという仕事をしていた。

台湾を取材して日本との違いを痛烈に感じた。台湾では、常に安い製品を作り続けていた。人件費が安いからではない。当時でさえ大卒の初任給は日本の7〜8割程度もあり、思っていたよりも高かった。にもかかわらず、製品は日本の半分以下の値段だった。台湾企業を取材することになり、10社すべてに同じ質問(なぜ台湾製品は安いのか)をぶつけてみた。答えは、台湾では他人と同じものを作らない、というビジネスマインドが強く働いているからだった。

当時日本は、A社がヒット商品を飛ばすと、B社も負けずに同じものを出してきた。このためいずれは価格競争に陥っていた。台湾は違う。A社がヒット商品を出せば、B社はその商品に欠かせない部品や、A社のヒット商品を同時に補完しながら使う製品などを開発した。決してA社と同じ製品は作らない。だから中小の企業同士が補完しあうサプライチェーンが出来上がり、個々の企業は大量生産できた。だから安い、と取材した10社が10社とも同じような答えを返してきたのである。

日本は韓国や台湾が安い製品を出してくると人件費が安いから、と見下すような見方をしてきた。実際、日本の半導体経営者に、なぜパソコン用の安いDRAMを作らないのかを聞いてみたが、安売り競争に巻き込まれたくない、という返事だった。今になって思うと、低コスト技術を持っていないため、高価なコストで縮こまっていくメインフレーム市場向け高価なDRAMを作っていただけにすぎなかった。しかし、この台湾のビジネスマインドこそ、日本の産業が見習うべき態度ではないだろうか、と10年近く前に日経BP社のブログに書いてきた。今でもその記事は生きている。

台湾企業のこのビジネスマインドは安いものを提供できるだけではない。先端産業にとって最も重要な『最新情報』をいち早く入手できるという強みもある。パソコンメーカー、半導体メーカー、周辺機器メーカー、いずれも競合しない。同じ半導体メーカーでも違う品種を生産しているため決して競合しない。だからメーカーのエンジニア同士で話ができる。当時、新しいパソコンの仕様はインテルのプロセッサの仕様そのものだった。台湾の持つ華人ネットワークが米国西海岸と台湾本土をしっかりと結びつけていた。競合しないから、開発中の新製品の話をお互いに交すことができる。

当時、三菱電機が台湾のパワーチップセミコンダクタと提携を結んだ時、日本のメディアは「技術流出」を叫んでいた。しかし、三菱のある人は「先端情報をどこよりも早く仕入れるため」とむしろメリットを強調した。今は周知のように台湾の半導体産業は大きく成長し、韓国もサムスンは第2位を維持している。

台湾だけではない。海外を取材し海外の視点で見ると、半導体技術の流れと、半導体ビジネスの新しい流れが見えてくる。日本は、新しい流れの一つである水平分業という流れに乗れていない。

1980年代中ごろ、業績不振に陥った米国がどうやって再生したか。将来を見据えた回復の道筋を各社が各社なりに真剣に考え決めたからである。半導体産業はこれからも成長産業であり続ける。これまで存在しなかった国にも続々誕生している。にもかかわらず、日本の半導体産業だけが成長が遅れている。なぜか。海外の半導体メーカーの動きの中にその答えがある。世界の動きをつかみ、世界の半導体ビジネスの潮流に乗れば、再び日本の半導体が浮上していくと思う。

(2010/06/11)

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