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姿を現わしつつある米国のDX:第3部APCとIndustry 4.0 (6) リーダーの見方

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APCカンファレンス全体を通じて、プロセスコントロールのリーダー達の見方を紹介している。スマートマニファクチャリングへのロードマップを目指す。さらには専門家を育てることの重要さなどが議論されている。製造業の核は「人」だからである。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

今回は、米国半導体プロセスコントロールに関する議論を深めてきたオピニオンリーダーたちの見解を紹介したい。ロードマップという形を通じて、DX技術を使ったスマートファブ化の今後の進展をどのように捉えているのか、何が必要とされてくるのかが見えてくると思う。さらに、情報のセキュリティに関する議論や、IT/OT間の温度差など、意見の一致を見ないケースも見えてくる。多様性を特徴とする、米国らしい側面である。

3-5. 技術的ロードマップ--- オピニオンリーダー達の見解

James Moyne博士は、IMA-APC委員会の主要メンバーの一人である。同氏は、AMAT社とMichigan Universityの両方に籍を置く。米国のマイクロエレクトロニクス界における先端プロセスコントロールの技術的牽引者の一人である。彼は、2つのスピーチを行っている。 

一つ目は、キーノートスピーチとして、”The International Roadmap for Device and System (IRDS) Factory Integration Roadmap for Smart Manufacturing” である。これは、Co-chairのJames Moyne博士 (AMAT, University of Michigan, Mechanical Engineering)、もう一人のCo-chairである真白すぴか氏(TEL)、委員のTerry Cox氏(Boothtrap Ltd.)委員のErik Collart 氏(Edward Vacuum)により策定されたIEEEとしてのスピーチであった。

二つ目は、クロージングスピーチとして、”Bringing Subject Matter Expertise and Analytics Together in Solutions for Microelectronics Smart Manufacturing: Consensus, Domains, and Approaches”である。AMAT 社としての立場の見解で、半導体製造のSM(Smart Manufacturing)化へのロードマップの重要点を提示している。

最初のキーノートスピーチを紹介しよう。図3-20は、今日のSM (Smart Manufacturing)の礎となる、各要素技術の2013年頃からの発展を簡明に書き著している。半導体技術の世界は、情報のグローバル化が大変進んでいる。日本の読者に置かれても、違和感のない内容と思う。


2019 Factory Integration Chapter Reorganization

図3-20  SM 化への道のり 出典:The International Roadmap for Device and System (IRDS) Factory Integration Roadmap for Smart Manufacturing”, Dr.James Moyne (AMAT, University of Michigan, Mechanical Engineering), Supika Mashiro (TEL), Terry Cox (Boothtrap Ltd.), Erik Collart 氏 (Edwards Vacuum)


これを踏まえ、SM(Smart Manufacturing)化へのキーポイントを描いたものが図3-21である。3点をキーポイントとして示している。すなわち、

1. ファブ全体およびサプライチェーンに渡るデータの共有化 
2. 情報のセキュリティ
3. SME(Subject-Matter-Expertise)

最後のSMEについては、日本語を思いつかない。あえて翻訳すると、専門知識集約型技術集団とでもいうところかと思う。最後の一行、“No knowledge left behind”が印象深い。高度な知識の一片でも取りこぼしたくないとの思いが伝わる。この件は、2017年頃にはすでに議論が始まっており、2018年からIRDSの正式議題として、議論が続いている。


Key Points

図3-21 SM 化への道のりのキーポイント 出典:The International Roadmap for Device and System (IRDS) Factory Integration Roadmap for Smart Manufacturing”, Dr.James Moyne (AMAT, University of Michigan, Mechanical Engineering), Supika Mashiro (TEL), Terry Cox (Boothtrap Ltd.), Erik Collart 氏 (Edwards Vacuum)


次に、Moyne博士のクロージングスピーチであるSM化への道のりの重要点は何であったか。博士は、半導体製造のSM化へのロードマップの重要点として2項目を提案している。

•マイクロエレクトロニクス産業として、SMEの役割の認識
•AI/MLの現在のオフライン的使い方からオンライン的な使い方への脱皮

一つ目は、マイクロエレクトロニクス産業として、今後ますます増えてくるSMEの役割の重要性の認識とその育成である(図3-22)。


Micro Electronics Industry Challenges, SM Vision, and Role of SME

図3-22 SMEへの期待 出典:The International Roadmap for Device and System (IRDS) Factory Integration Roadmap for Smart Manufacturing”, Dr.James Moyne (AMAT, University of Michigan, Mechanical Engineering), Supika Mashiro (TEL), Terry Cox (Boothtrap Ltd.), Erik Collart 氏 (Edwards Vacuum)


SMEの育成について思い出すのは、NXP社のS.Frezon氏との会話である。彼もSMEの育成を語っていたが、NXP社内部での人材育成に重点を置いている。Moyne博士とこの点を、閉会後に会話する機会があった。話をしていくうち、博士の関心は、大学教育課程の変化の方にあることを理解した。博士の予測として、マイクロエレクトロニクス関連の企業で、解析方面のSMEを目指すためには、大学院修士の教育レベルが必須となると述べていた。マイクロエレクトロニクス産業に関わる技術集団は、ますますエリート化していくのだろうか?

もう一項目は、AI/MLの現在のオフライン的使い方からオンライン的な使い方への脱皮である(図3-23)。


AI/ML Application Lifecycle: High-Level View

図3-23 AIのオンライン的使い方 出典:Bringing Subject Matter Expertise and Analytics Together in Solutions for Microelectronics Smart Manufacturing: Consensus, Domains, and Approaches、Dr.James Moyne, AMAT


図3-23に示すように、現在のAI/MLの使い方は、オフラインとも呼べるものである。個々の予測対象につき、保存されたデータ(historical data)から、別々の予測モデルを作成して予測を行う。しかしながら、装置状態は刻々と変化していく。予測モデルは、装置状態の変化を追跡して、予測モデルを新しい装置状態に合うように、変化させなければならない。いわゆる、予測モデルのメインテナンスが必要とされる。ここに、再びSMEが登場するわけだ。

その上で、装置データをリアルタイムで取り込み、適時更新される予測モデルからの情報でリアルタイムのGo/No go 判定や、リアルタイムでの装置状況のレポートをファブ全体で共有するという、いわゆるオンラインの構想である。

装置特性、プロセスに対する知識、さらに先端ITについての知識等々、全てのものを一人で取り扱えるスーパーマンなどいないであろう。技術集団として取り組んでいく課題と思われる。これは、Fab Operation Strategyそのものである。

おそらく、このSMEの姿こそが、APCの近未来の技術的ゴールとなるのではなかろうかと心中思いながら、講演を拝聴していた。図3-24は、博士のクロージングスピーチの最後のページに示された、メッセージである。


Takeaway Messages

図3-24 メッセージ、SMへの道のり 出典:Bringing Subject Matter Expertise and Analytics Together in Solutions for Microelectronics Smart Manufacturing: Consensus, Domains, and Approaches、Dr. James Moyne, AMAT


閉会後に開かれたAPC Council会議では、やはり、SMEが議論されている。第2部で触れたIoMと同じような観点での意見を聞いた。すなわち、予測モデルを作成する側(IT側)とそれを判断材料として、実行する側(OT側)との間の溝ともいうべき温度差である。やはり、議論に結論は出ていない。「人」に関わる命題は、人類が続く限り永遠の課題のようだ。

APC Council会議では、エッジ-クラウドコンピューティングが議論されている。調査の結果、半導体製造では、リモートでのエッジ-クラウドコンピューティングの大規模な使用は行われていない。同じファブ内部での分散 - セントリックという意味でのエッジ-クラウドコンピューティング(プライベートクラウド)ばかりである。

第2部IoMで触れたようなIIoTの世界における、リモートでのエッジ-クラウドコンピューティングを利用した、データ解析サービスという形態は、半導体前工程では現在のところ見ることがない。根底にあるのは、リモートアクセスに対する、データセキュリティへの懸念である。筆者の経験からも、半導体デバイス製造に関わる人たちの、リモートアクセスへの懸念は、深いものがある。いかに、リモートアクセスを利用したクラウドサービスの方が経済的であることを考慮しても、半導体デバイスメーカーは過去にあまりに多くの事件を経験しているため、この懸念を拭い去れない。この件は、結論が出ず、ひき続きの議論のテーマとなった。

このまま、高いコストを忍んでもリモートアクセスを行わないのか。それとも、セキュリティを確保した上での、リモートアクセスに踏み切るのか、または異なる方法があるのか。 未だ、議論は続いていく。

委員会のPresidentである、John Pace氏には、わざわざ食事までお付き合いをいただいた。彼は、海軍の経験がある。飛行機の、航空母艦への発着艦の話は、リアルであった。Bradley Van Eck博士, James Moyne博士ともども、実務的な話を含め、懇意なご指導をいただいた。AEC/APC Japanとの関わりについても、関心を示していた。

DX (Digital transformation) を先取りしてきた感のあるCMOS技術をベースとする半導体産業にとって、スマートファブ化への道のりは、すでにカウントダウンのフェーズに入っている。5年前と異なり、スマートファブの形は、誰の目にも見えてきている。

今後も、微細化、多層化を追い求める新鋭半導体ファブには、スマート化への先端的ソリューションが使われていくだろう。この分野では、従来と同様、新しい性能を持った商品が現れ、早期の歩留まり立ち上げを基にしたビジネスが続いていくのだろう。微細化を追わないファブでは、NXP社の例のように、スマート化によって品質を突き詰め、商品の信頼性を基にしたビジネスを展開していくことは、十分に予想される。

いずれの道にせよ、ビジネスに直結する形でDX技術を使いこなす。言い方を変えれば、DX技術を利用してヒット商品を作り、新たなるビジネスの道を開拓できるかどうかが、個々の企業の運命を決めていくのではなかろうかと考える。

3-6. DXの旅の終わりと未来への目

ワシントンDC、テキサス州ダラス市、テキサス州サンアントニオ市と続いて来た、私の2019年DXの旅も、これで最終である。DX技術によるスマート化の掛け声をいたるところに聞いた。COVID-19のインパクトは今後どのように現れてくるのだろうか。確信するのは、好むと好まざるとにかかわらず、DX技術による変化は、社会の至るところに現れてきているという点だ。

顕著な変化は数年前にすでに始まっており、今、私たちが目にするのは、起こった変化のうち表面に現れて来ている部分だけである。変化の大部分は深く静かに、しかし思ったより早く進んでいるし、今後も進んでいく。日本でも、変化を創出しようと奔走されて来た代々のAEC/APC Japan委員、ISSMの方々の努力が実を結んでいくのは間違いない。後世、DX技術が、技術史にその名を残すことになれば、この人たちの奔走もその行間に込められるであろう。

大変興味深い点の一つは、米国製造業における「ヒト」に対する強い関心である。APC、IoM、DC5Gとどこでも、「ヒト」に関する発言を聞く。特に、上級マネージャーになるほど、人づくりへの関心が高い。誤解を恐れず、あえて類型的な言葉使いを許していただこう。「カネ」と「モノ」は投資家や政治家の間を奔走すればなんとかなる。しかし「ヒト」は、じっくり時間をかけて育て上げなければならない。先端技術分野において、「ヒト」の果たす役割は極めて大きい。そして、「ヒト」を育てるのも、また「ヒト」である。一連のカンファレンスで、「物つくりは人つくり」というべきメッセージを発した人は、多かった。

第一部より続くこの物語の中で、テクノクラートという古い言葉をあえて使ってきた。先端技術分野で、「人」を育てるのは、テクノクラートにしかできない使命の一つだ。米国議会報告書にもあるように、先端技術開発能力が、国力を決めてくるという考え方は、 先端技術を経験した人であれば、うなずけるであろう。先端技術企業であろうとすれば、そこで働く多数のテクノクラートの技術革新への考え方、技術革新のビジネスへの展開の姿勢が、個々の企業の運命を決めてきている例を多々目撃する。さらに踏み込んで言えば、先端技術立国であらんとすれば、テクノクラート集団の技術革新への積極的な考え方、革新技術のビジネスへの展開の積極的な取り組み方が、一国の将来を左右するのかもしれない。
負け組かと思っていた米国製造業の、土俵際での意外な粘り腰を目にする。

DXの旅の中で会話したテクノクラートたちが、異口同音に発した言葉を思い出す。「変化は、自分と関係なく必ずやってくる。しかし、変化を十分理解し先取りしていく限り恐ろしいものではない。変化を乗り切らせるものは、自己への信頼だ」。

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