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姿を現わしつつある米国のDX:第3部APCとIndustry 4.0 (3) APC出席

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米国テキサス州サンアントニオ市でAPCカンファレンスが行われた。ここではその会議の様子を伝えると共に、その中から前川氏の印象に残ったNXPのSteven Frezon氏の講演と講演者へのインタビューを紹介する。印象に残った言葉はかつて日本企業が最大の強みとしていた「ゼロディフェクト」であった。(セミコンポータル編集室)

著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司

前回は、米国議会報告書を基に、連邦政府、米国議会が半導体産業での技術革新をどのように捉えているのかを、述べてきた。今日、DXの名で呼ばれている一連の革新技術は、半導体プロセスコントロールのコア技術である。APC(Advanced Process Control) カンファレンスでは、2000年以前より、DXに関する議論の萌芽を見る。第3部後半では、DX技術が半導体技術集団の中で、どのように培わされてきたのかを俯瞰する。その後、APCカンファレンスでの議論より、DX技術の現在の状況、および次のステップ、特に半導体ファブのスマート化について述べる。

3-2. IMA-APC で見たエリート技術集団の孤独と最近の変化

2019年度のAPCカンファレンスは、10月31日より、3日間にわたり開催された。場所は、テキサス州サンアントニオ市である。IoM(Internet of Manufacturing)が開催されたテキサスビジネスの中心地ダラス市とは趣の異なる、落ち着いた雰囲気の緑美しい小都市である。恥ずかしながら、筆者はサンアントニオ市についてはジョン・ウエイン主演の映画「アラモ」くらいの知識しかない。空軍基地があることはついぞ知らなかった。空港からホテルへの間に利用した、タクシーの年配のドライバー氏に「米国に長く住んでいるのだから、もうちょっと勉強したらどうなの?」と説教を食らった次第である。街の中を運河が走っており、両岸に多数のレストランがある。ホテルは美しい街中にあった。近年では、リタイア年代に人気があるそうだ。リタイアした空軍関係者が多く住む暮らしやすい街とドライバー氏は言っていた。リタイア年代である筆者, 思わず鎌首をもたげる。


図3-6 サンアントニオ市の一角 trover.com, hiriverwalk.comよりの引用

図3-6 サンアントニオ市の一角 trover.com, hiriverwalk.comよりの引用


先にも述べたとおり、APC(Advanced Process Control)カンファレンスの歴史は古く、1980年代SEMATCHスタート時に遡る。毎年一度開催され、1980年代より数えて31回目の開催になる。エリート集団である米国半導体の中でも、先端プロセスコントロールに焦点を合わせ、米国産業界を引っ張ってきている。実を言うと、半導体製造のAPCカンファレンスの主題は、DXの議論そのものなのだ。今日、先端半導体ファブでは常識となっている、予測モデルを使った先端プロセスコントロールの発展の歴史は、このカンファレンスを抜きにして語ることができない。2019年の参加者数は130名ほどであった。ここ10年ほど、同じような参加者数であるという。

発表件数は、キーノートスピーチも含めると39件であった。発表の多かったセクションは、Fault Detectionが7件、Smart Manufacturingは6件、Standard & Roadmapが5件であった。単独、ジョイントを含めて最も発表の多かった企業は、Applied Materials (AMAT)社で10件である。装置メーカー(AMAT、TEL)、測定器メーカー(Rudolph、MKS)の発表が多く、合計で19件であった。半導体前工程のプロセスコントロールのスマート化を、データ収集および解析の観点から考察した内容が主である。半導体デバイスメーカー単独としての発表は少なく、NXP社が2 件、GlobalFoundries社が1件であった。

この分野では、日本との交流もあり、大石氏(IBM社、AEC/APC Japan委員)、真白氏(TEL社)、河内氏(キオクシア社)の姿を見る。いずれの諸氏も、AEC/APC Japan, ISSM Tokyoとゆかりのある方々である。大石氏は発表のため、真白氏はロードマップ作成委員会のco-chairとしての参加であった。河内氏は3日間のプログラム終了ののち、APC委員会に招待され、真白氏とともに、活発な意見を述べていたのを記憶している。

現在、IMA-APCは、John Pace氏(President)、Bradley Van Eck博士(VP and Treasurer)、James Moyne博士(AMAT, University of Michigan, Mechanical Engineering)の3 名を中心とした委員会で運営されている。Pace氏、Eck博士は、SEMATCHの上級マネージャーであった。3氏とも、SEMATECHにおいては、プロセスコントロール分野の、オピニオンリーダーであった。

日本では、AEC/APC Asiaが2009年以来、隔年でカンファレンスを開いている。2019年度の発表件数は15件、出席者数は約240名と聞いている。

APC =Advanced Process Controlと一言で言っても、産業によってその中身は大いに異なる。第2部IoMで述べたIIoT (Industrial IoT) で姿を現わしつつあるAPCと、先端半導体製造で定着しているAPCとでは、現れるキーワードは同じだ。どちらも装置に使われているセンサからの信号をデジタル化して、プロセスの監視を行う。ビッグデータ収集システムが駆使され、AI(特に機械学習やディープラーニング)が多用されたネットワークを構成する。監視プロセスには、高度なアルゴリズムを使った予測モデルが使われる。エッジ-クラウドコンピューティングが駆使され、リアルタイムでの解析、フィードバックが可能である。これでは、まるで同じ仕組みのように聞こえる。しかし、技術的内容、規模、価格はまるで別物である。

違いを述べるため、意図的に類型的な解説を行うこととする。細部においては多々齟齬がある点、お許しいただきたい。

IoM = IIoTの世界では、センサ信号という変動指数(Variables)に対して、装置の稼働状態を応答指数(Response)とする。どの程度のセンサ信号の定常状態からの変化が、装置停止や操作異常を引き起こすかという観点での予知保全が目標である。予知保全が早すぎれば、無駄な保全作業を行ってしまい、OEE (総合設備効率)の低下となる。予知保全が遅すぎれば、装置-プロセスの停止を招き、OEEの深刻な低下となる。

エッジ-クラウドコンピューティングという名の下、各装置の監視に使われるエッジと呼ばれる分散システム(Distribution System)と、エッジコンピュータからの全ての情報をセンターコンピュータに保存するクラウドと呼ばれる中央制御システム(Central System)の組み合わせが活躍する。クラウドシステムは、ビッグデータ収集システムである大規模データベースを内部にもち、長期間にわたる大量のデータ(historical data)を保存し、これに基づき予測モデルを作成することができる。この仕組みを利用して、多数のファブの多数のエッジシステムから、大量のセンサデータをクラウドシステムに集め、データ解析、予測モデル作成、予測モデルを使ったプロセス監視サービスが実用化されている。

IIOTの世界では、クラウドシステムは、リモートアクセスに変わりつつあると言われる。エッジ-クラウドシステムに強固なセキュリティを施したのち、客の敷地外から、プロセス監視を行うビジネスが勃興してきている。サービスの対象となる各ファブの規模は小さく、数十台からせいぜい数百台程度の装置を有するファブがほとんどである。また、対象となる装置も、新鋭装置よりは、既存の古い装置の場合が多い。限定された、プロセスパラメータの監視に使われ、各ケース1万ドル台から10万ドル台の比較的低価格のサービスビジネスである。主な対象となる産業は、石油精製、化学プラント、工作機械といったところだ。一つ一つのビジネスの規模は小さいのであるが、対象となる工場の数、プラントの数、装置の数は膨大である。現状としては、ビジネスの勃興期と言えよう。

一方、半導体前工程の世界では、センサ信号という変動指数(Variables)に対して、製品歩留まりを応答指数(Response)とする。露光工程や成膜工程ののち、メトロロジー測定を行い、各工程での製品歩留まりを測定している。ビッグデータ収集システムにより、各工程のFDC(Fault Detection & Classification)情報と、メトロロジー検査情報より、精緻な歩留まり予測モデルが作成されている。

さらに進んで、予測モデルを使い、メトロロジー検査を予測する、VM(Virtual Metrology)も実用化の領域に入ってきている。エッジ-クラウドシステムを使い、ビッグデータ収集より、精緻な予測モデルを、製品歩留まりに関するあらゆるパラメータに対して作成する。IIOTとは異なり、一つのファブのなかで桁違いの多くの種類の予測モデルが作成される。個々のファブで、モデルの対象となるプロセスの数、装置数も桁違いに多い。装置数だけを例に取っても、最小のケースで一つのファブ数百台であり、近年では千台規模のケースが珍しくない。反面、対象となるファブの数は、IIOTのケースほど、多数ではない。

エッジ-クラウドシステムが使われているが、一つのファブ内部で使用されている。データセキュリティへの警戒感が強い。大規模なリモートアクセスの例はない。使用されているビッグデータ収集システム、ネットワークの価格も高く、100万ドル台である。各ケースのビジネス規模は巨大であるが、CMOS技術を使った新鋭先端製造ファブの建設数は、そう多くない。近年建設された新鋭半導体ファブのほとんどが、このようなネットワークを使っている。ビジネス的には、確立されたものとなっている。

米国でも、近年まで、APC関連の話題は、極めて限定された専門家集団の話題であった。言い方を変えれば、オタク的集団の中で話されるオタク的な話題であった。しかし、2015年あたりからビッグデータ収集の話がマスコミに取り上げられるようになり、かつ、2017年ごろから、AIが華やかに取り上げられるようになった。今日では、かつての技術専門用語が、様々な場所で飛び交っている。そのために、どんな産業にも、同じようなAPCが使われているような誤解が生じやすい。しかしながら、IIOTの世界でのAPCソリューションと、半導体プロセス用のAPCソリューションとは、技術的にも異なる。また、ビジネス的にも、プレーヤーは異なっている。半導体産業のAPCソリューションは、独立独歩で発展してきているのだ。

半導体の世界で、2015年以降、技術者を取り巻く環境の変化がいかに早かったかを物語るエピソードがある。AEC/APC Japan のある委員の感想だ。「2013年頃までは、FDCとは何か。予測モデルは何か。スマートファブとはこういうものだ」という先端プロセスコントロールの話をしても、聞き手の反応は、関心が薄く鈍いものだったと言う。積極的な質問もなく、話し手は、しばしば孤独な浮いた存在になりかねなかった。隔年おきに開催されていたAEC/APC カンファレンスは、孤独な技術集団の心の慰めであったかもしれない。

しかし、2015年あたりから様子が変わり始めて、聞き手が「FDCとは何か?ファブのスマート化という考えがあるのか?」という、今まで散々説明してきたはずの事柄に関し質問を受けるようになってきた。2017年ごろになると、「FDC技術という先端プロセス技術があるんだよ、ファブのスマート化に必要なんだ。君、知らないのかね?」というような説教的な話をされることになったとぼやく。氏は、FDC技術等先端プロセスコントロールに関して書き物も表している。日本では草分け的な専門家である。冗談みたいな、本当の話なのだ。

5G、IoT、AI、などDX技術と名前をつけられ、随分と賑やかに取り上げられているが、その舞台裏を知る技術専門家の数は、米国半導体産業の中でもそう多くない。今まで孤独だったオタク的技術集団がいきなりモテるようになり、困惑しているようなイメージを筆者は心中持っている。日本でも、皆さん心中は同じような感じなのだろうと想像する。

さて、このエリート集団は、スマート化に何を語っているのか?以下、3つの講演を取り上げたい。 

3-3. NXP 、スマート化への視線―微細化ビジネスからの脱出とDXによるその未来

NXP semiconductors社、Senior Vice President, Front End Operations & Global Site Service, Steven Frezon氏の講演 “Automotive Semiconductor ZERO DEFECT Enablement”は、大変印象的であった。筆者以外でも、同様に捉えた人がいるようで、その後に印象深い内容であったと、Web上でコメントしている人が複数いる。

NXP社も、2000年以降に始まった、半導体製造業界の世界的規模の大編成に巻き込まれた企業の一つである。今日、94億ドル(9400億円)の年間売上額、従業員数約31,000名(技術者数約11,200名)、35カ国で事業を展開しており、グローバルヘッドクオーターはオランダ、アイントホーヘン、米国ヘッドクオーターは、テキサス州オースティンである。前身は、名門Philips Semiconductorsであり、2006年にスピンオフしNXP社となる。2010年にIPO(Initial Public Offering; 株式公開)してNASDAQに上場する。その後、2015年にFreescale Semiconductor社を買収して今日に至る。この時の買収額は、約180億ドル(1.8兆円)と言われている。近年の半導体業界が、巨大企業間の投資に関するマネーゲームの様相を呈する、一例だろう。しかしながら、その間に多数の企業買収、部門整理が行われており、その経過は複雑である。

近年では、2017年にファブレス大手の Qualcomm 社がNXP 社の買収を企画し、米国独禁法の規制は免れたものの中国当局よりの許可が得られず、この買収企画は潰えている。この時の買収提案額は、約400億ドル(4兆円)というような数字さえも聞いている。

NXP社は、価値を高く見られている企業だとの印象がある。半導体産業のシンボリックな微細化競争から早い時期に脱落しており、ミクストシグナル半導体のビジネスに特化する戦略をとってきた。近年、先端テクノロジノードを使った新鋭工場の建設はない。NXP社の主な前工程ファブは、アルミ配線が3ファブ、銅配線が1ファブだ。

NXP社、Infineon社、ルネサス社はいずれも、メインビジネスに車載用半導体ビジネスを掲げる。図3-7に示すよう、NXP社の株価はなかなか堅調だ。2017年以降、上下動はあるものの株価は成長傾向にある。2020年のパンデミック以降も株価は回復を示している。


図3-7 NXP社株価 出典:google.com

図3-7 NXP社株価 出典:google.com


しかしながら図3-8を見ると、NXP社全体の年間売上額がそれほど堅調ということではない。その中で車載用半導体とIoT用デバイスの売上額は市場平均を上回る速さでの成長を示している。資本が、この会社の車載用半導体、IoT用デバイスの将来に明るいものを見ていると解釈できる。


NXP Annual Revenue ($B)

図3-8 NXP社全社売り上げと事業別売り上げ 出典:NXP Semiconductors annual report


今回は、一概にDXと呼べども、IoM = IIoT の世界でのDX技術と、半導体製造に使われているDX技術では、その内容が異なる点を述べた。近年は、これらの技術がマスコミに採り上げられるようになり、急にモテるようになった。しかしながら半導体の世界において、DX技術は、2000年以前より議論され地道に積み上げられてきた、先端プロセスコントロールのコア技術である。NXP 社の講演は、微細化路線をやめDX技術による既存ファブのスマート化を目指す方向性を述べている。次回は、NXP社の講演の後半として、既存の半導体ファブのスマートファブ化の実例を見る。

(続く)

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