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AI搭載デジタル化は成功実績を重ねて邁進あるのみ

現代はDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の時代で、関連セミナーも多数開催されている。決定的な変革をデジタル技術で起こすのがDXであり(参考資料1)、そこではAI、IoT、深層学習が欠かせない。しかし学術論文誌を調査すると、例えば日本からのIoT関連発表論文が極めて少なく憂慮すべき状態である(参考資料2)。近年発行されたスタンフォード大学の「AI Index 2021」(参考資料3)でも日本の査読済み論文数の少なさが示されていた(参考資料4)。筆者のこれまでの報告は、主に学術論文誌関連の動向に注目したものである。

2021年8月に特許庁審査第四部審査調査室から「令和3年度AI関連発明の出願状況調査報告書」(参考資料5、6)が発表された。それを基に本稿では知的財産権、特に特許出願件数の側面から、日本のAIの状況に関して所感をまとめてみたい。

結論から言うと、既報の論文発表推移からも予測されるように、日本のAI関連発明の出願件数は、伸びてはいるものの、米中欧韓と比較して最下位であり、残念としか言いようがない。AI関連発明のコア技術分野で、中国では大学が出願件数トップ5位までを占めて牽引している。日本の競争力衰退の事実に正面から向き合い、早急に叡智を結集する環境を再構築して、若者に夢と希望を与えられるような施策を模索するべきであり、遅れを取り戻すには先ずはAIを基にしたデジタル化で成功体験を積むのが堅実な道である。それもスピード感をもってやらねばならない。

以下特許庁調査報告書の簡単な紹介と、調査結果に対する筆者なりの検証、注目すべき要点、そして日本のとるべき道(案)の順に記述する。

特許庁AI関連出願状況調査報告書の紹介

調査対象とその定義

議論を進める前に、特許庁の調査対象とその定義を明確にしておく必要がある。少し専門的になるが参考資料5の文章をそのまま引用させて頂きたい。

報告書では(1)AIコア発明と、(2)AI適用発明の総和を「AI関連発明」と定義して調査分析している。(1)に付与されるFIターム(参考資料7)は主にG06Nであり、この範疇は「ニューラルネットワーク、深層学習、サポートベクターマシン、強化学習等を含む各種機械学習技術のほか、知識ベースモデルやファジィ論理など、AIの基礎となる数学的または統計的な情報処理に特徴を有する発明」である。また(2)に付与されるFIタームはG06T1/40、G05B13/02など多岐にわたり、この範疇は「画像処理、音声処理、自然言語処理、機器制御・ロボティクス、診断・検知・予測最適化システム等の各種技術に、AIの基礎となる数学的または統計的な情報処理技術を適用したことに特徴を有する発明」とされている。

要するに(1)はAIのコアとなる発明群であり、(2)はそのAIを画像処理など各種技術に適用する応用発明群であって、特許庁は、この両者を合わせた発明群を「AI関連発明」として特許出願状況を調査報告していると理解して頂きたい。

調査結果の要約

特許庁報告書の要点(参考資料6)は、「AI関連発明は日本でも堅調に出願件数は伸びている。また(2)のAI適用技術分野別では画像処理分野への適用が多いが、他の分野にも適用先が拡大している」。そして「各国の出願件数を比較すると、米国と中国のAI関連発明出願件数が突出しており、また韓国の伸びも著しい」とのことであった。この要点は特許庁報告書のごく一部である。報告書は簡単にウェブからダウンロードできるので、ご興味がある読者はぜひ参考資料5をお読み頂きたい。

調査結果の筆者なりの検証

画像処理分野との関連

AI技術の適用先で画像処理分野が多い理由は、AIの歴史をたどるとわかりやすい。つまり画像データの中から特徴量を生成し現象をモデル化する技術が、機械学習とディープラーニングで大幅に進展して生じた波が、今のAI第3次ブームである(参考資料8)。AIの囲碁将棋ソフトが名人を破ったニュースや、棋士の勉強に活用されている報道も記憶に新しい。筆者がAI技術動向を把握するため、画像処理展示会の見学を続けているのもその理由である(参考資料9)。

学術論文数との関連

企業の場合は開発の初期は外部発表禁止という戦略もあり得るし、また逆に開発が実らず特許にもできないが学術発表だけはしておこうという場合もある。従って必ずしも学術発表件数と特許出願件数の動向は対応しない。しかしこのような特殊な場合を除けば一般に特許は学会発表前に出願されるので、特許出願件数の分野でも学術論文分野とほぼ同じ傾向が見られると考えてよいだろう。

その学術文献動向調査に関して、米中両国の突出は、既報スタンフォード大学の調査(参考資料34)でも明記されており、最近文部科学省も同じ調査結果(参考資料10)を発表している。それに対応してこの度の特許庁の調査で、AI関連発明の出願件数に関しても米中両国の突出が明らかになった。つまりこの調査結果は学術論文件数推移から予測される通りである。

以下本稿では主に(1)AIコア発明件数に絞って記述する。そこは文字通りAIの核心に近いコア技術であり、基本特許分野なので競争力の源泉でもある。

注目すべき要点

米中両国のAIコア発明出願件数の突出と韓国の躍進

参考資料5にAIコア発明の2012年から2018年までの出願件数が、年次別に棒グラフで示されている。このデータは日米欧と中韓の各国特許庁およびPCTでの出願件数による。次表1はそこからAIコア発明に注目し、2012年と2018年の値を抜粋して筆者がまとめたものである。動向を把握しやすくするため、それぞれの年度の数値のみでなく、2018年度と2012年度の出願件数比も計算し表に含めた。もちろん特許では競争力判断には2018年単年度の分析だけではなく、過去の有効特許の数の分析も必要であることは言うまでもない。しかし出願件数が指数関数的に伸びている現状では、単年度だけの比較でもある程度の結論は導ける。


表1 AIコア発明(上欄)と、ニューラルネット関連発明(下欄)の国別出願件数推移 出典:特許庁「令和3年度AI関連発明の出願状況調査」を基に鴨志田元孝作成

表1 AIコア発明(上欄)と、ニューラルネット関連発明(下欄)の国別出願件数推移
出典:特許庁「令和3年度AI関連発明の出願状況調査」(参考資料5,6)を基に筆者が作成


表1の上欄に示すAIコア発明出願件数では、2012年は米国が1位であったが、中国が猛追して2018年には1位になっている。その様子を具体的に数値で表したのが2018年対2012年の出願件数比であり、米国が8.81倍に対して、なんと中国は34.1倍である。また特許庁報告書の原図では、米国と中国は共に指数関数的な伸びを示しているが、中国の指数がより大きい。つまり中国は特に近年になって急速に伸びている。

表1の上欄のもう一つの注目すべき点は、この出願件数比で韓国が41.4倍と躍進しており、出願件数そのものでも日本、欧州を抜いて2012年の5位から2018年には3位に浮上している事実である。

AIコア発明の基礎技術分野(ニューラルネットと深層学習)に見る米中韓の戦略

表1の下欄はAIコア発明の基礎となるニューラルネット関連発明に絞った結果を示しており、ここでも上欄同様の傾向が現れている。即ちコアの中の基本技術分野でも2018年には中国は米国の2倍以上の出願件数に達しており、2018年/2012年比でも2倍以上である。また韓国はこの分野の出願件数でも2018年には米国に次いで第3位になっており、2018年/2012年比で55.2倍という驚異的な伸びを示している。

すなわち米国、中国、韓国はAI関連発明の核となるAIコア発明に注力しており、しかもその中の更に核心部のニューラルネット関連分野で地位を確保しようとしている。つまりこの国々は、基本特許を重視しているということである。一方日本は、表1のいずれの分野の発明出願件数でも、またその2018年/2012年比でも、共にこの5ヵ国中では最下位であり、何とも残念としか言いようがない。中国は国策と莫大な資金投入の結果であると容易に推察できるが、韓国の躍進は、停滞している日本の再起のためのヒントになるかもしれないので、より詳細な調査分析が望まれる。

また参考資料5の中では、さらに踏み込んでニューラルネット関連の中でも更に基礎になる深層学習関連のキーワードを含むものを抽出して、その割合が示されている。それによると2018年ではそれぞれ米国80.1%、韓国79.6%、中国76.0%、日本74.3%となっている。日本は出願件数では少ないものの、その中の深層学習出願の割合では世界の動向には沿っている。それは少なくても方向は合っているという意味で、救いと言えるのかもしれない。

但し欧州だけが、2016年から深層学習関連の出願割合を伸ばしておらず50.5%に止まっている。欧州は伝統的に基礎科学重視のはずである。うがった見方をすると、深層学習以外の、何か他の重要課題に目をつけているとも考えられるので、杞憂であればよいが、そこもよく留意しておく必要があろう。

AIコア発明出願人から窺える中国での大学の牽引力と民間の裾野の広さ

参考資料5には中国と米国のAIコア発明における出願人トップ5位までの、各年代推移が掲載されている。表2ではその中から2018年度におけるデータを抜粋し、筆者が両国の小計を算出した値も併記して比較した。


表2 2018年 AIコア発明(G06N付与)出願件数の米中比較 出典:特許庁「令和3年度AI関連発明の出願状況調査」(参考資料5-6)を基に鴨志田元孝作成

表2 2018年 AIコア発明(G06N付与)出願件数の米中比較 出典:特許庁「令和3年度AI関連発明の出願状況調査」(参考資料5-6)を基に筆者が作成


目を引くのは、特許庁も明記しているように、中国では大学からの出願がトップ5位まで占めているのに対し、米国はIBM、Microsoft、Google、FacebookなどIT企業とプラットフォーマからの出願がトップ5位までを占めている点である。筆者の作成した表2では、中国の大学名に、日本の漢字名も付記して所在地も特定しやすいようにしてある。

表2で右側から2番目の欄がトップ5位までの出願件数であり、そこにそれぞれの出願件数とその小計を示した。つまり2018年のトップ5位までの小計は、米国2020件に対して、中国は801件である。更に言うならば、この値が占める表2上欄のそれぞれのAIコア発明出願件数内の割合を比較すると、右端の欄のように、米国はトップ5位までで同年出願総数の18.9%を占めるのに対し、中国は出願件数では米国に勝るものの、5位までの出願件数は総数のわずか5.8%に過ぎない。これは中国では総数では米国を大きく上回るものの、出願人別では大学主導のフラットな分布になっていることを暗示する。

これは何を意味するのだろう。中国の残り94%はどのような構成になっているのだろうか。特許庁審査第四部審査調査室にお尋ねしたところ、ご丁寧な説明が届いて、「6位以下の出願人をざっと見ると、米国に比べ中国では、G06Nが付与される出願を年数十件から百件程度出願する出願人の数が非常に多くなっている。この中には、やはり大学が多いが、このほか、テンセントやアリババ、ファーウェイといった企業も含まれている」とのことであった(参考資料11)。AI関連発明の中で、中国での AIコア発明を出願する層の広さに驚かされる。繰り返すがその層を裾野にして、出願件数総数で米国を大きく凌駕している現実は見逃せない。

筆者は単純に中国ではこのトップ5位に企業からの出願がなかったので、俗に言う「千三つ」(1000件中で成功するのは3件の意味)だとしても、概算で約40件も大化けする可能性のある発明がこの表の下に隠れているのかと驚愕し、念のため特許庁に問い合わせた次第であった。

日本のとるべき道(案)

緊急事態だが急がば回れ、コア技術とその核心基礎分野を重視すべき

日本は今や学術論文発表件数も少なく、その引用回数も減少しており、しかも特許出願も韓国に及ばなくなっている。この競争力低下は、そろそろ何とかしなければならない。中でも中国では大学がコア分野で頑張っている。日本の大学の研究者や学生のレベルが以前より落ちているとは到底考えられない。むしろ近年は海外からの留学生も増えて切磋琢磨する機会も多く、レベルとしては向上していると思う。筆者も素晴らしい日本人院生を、昨年まで東大での講義で多く見てきた。他国に比して成果が目に見える数値で出ていないのは、日本では研究者が力を十分発揮できるような環境になっていないのではなかろうか。もしそうならそれを早期に整備する必要があると感じる。

理系だけではない。最近、(株)図研プリサイトのオンラインセミナーを視聴し、同社のKnowledge Explorer(参考資料12)に一橋大学大学院国際企業戦略研究科名誉教授の野中郁次郎先生によるSECI(セキ)モデル(参考資料13)が使われていることを知った。これはナレッジマネジメントの核ともなる考え方で、筆者は1985年にマッキンゼー国際教育で野中先生の講義を受け暗黙知について学んだ。野中先生はこの考え方を数年かけて練り上げられ、SECIモデルと名付け1990年代初頭から「知識創造企業」(参考資料14)等多くの著書で提唱されている。このような文系の、それも30年以上前の研究が、現在最先端のAI製品のコンセプトとして活用されていることを知り、基礎学問の重要性をあらためて噛み締めた。

上述したように米国、中国、韓国はAI分野でもコアの、それも基本特許の出願に力を入れている。政策立案者は理系、文系の分野を問わず、基礎科学分野も大事にすべきである。そして若者に夢と希望を持ってもらえる環境作りを、早急に模索してほしいと切に願う。

次世代(QX)も見据え着実、且つスピード感をもって実装実証を進めねばならない

そして時代はもうDXの次の量子トランスフォーメーション(QX)を見据えねばならない時期に来ている。最近、(株)東芝の島田太郎執行役員常務・東芝デジタルソリューションズ(株)の取締役社長が、「中国では20年先の量子鍵配送の実用化を目指し、現在既に北京―上海間で実装実験を開始している」、また「韓国でも政府が量子暗号通信インフラ整備を進めており、予算措置もされている」と報告している(参考資料15)。筆者は中韓両国におけるAIコア発明出願件数躍進の背景には、そのような国としての基礎科学重視とQX実装・実証実験推進の姿勢もあるのかと考えている。DXの次世代であるQXを目指す海外の動向を見ても、日本は一刻の猶予も許されない。

身近なところから実績を上げ成功体験を積みオールジャパンの叡智を集めよう

直ちに挽回は難しいので、走りながら対策を立てる必要がある。次世代QXに関しては現在進められているように、オールジャパンの総力を挙げて叡智を結集する必要があろう。ともあれ先ずは身近な分野でAI搭載のDXを推進し、その成功体験を着実に積み上げねばならないと思う。結果として競争力もついてくると期待できる。

謝辞
参考資料5-6で特許庁審査第四部審査調査室に問い合わせた折、迅速且つご丁寧な返事を賜った。また参考資料12で図研プリサイト神原氏にもご対応を頂いた。ここに厚く御礼申し上げたい。またいつもの通りセミコンポータル編集長津田建二氏にはご丁寧な査読を頂いた。深く感謝申し上げる。

参考資料
1. 西山圭太著、冨山和彦解説、「DXの思考法」、文藝春秋刊 (2021)
2. 鴨志田元孝、「IoT・ナノテク論文の少なさ、これで良いのだろうか?頑張れ、日本!」、 セミコンポータル (2018/06/19)
3. Zhang, D., et.al, "AI Index Report for 2021(第4版)", (2021/03/03)
4. 鴨志田元孝、「AIの統計が示す日本の課題」、セミコンポータル (2021/05/07)
5. 特許庁審査第四部審査調査室、「AI特許発明の出願状況調査報告書」 (2021/08)
6. 特許庁審査第四部審査調査室、「AI特許発明の出願状況調査/調査結果概要」 (2021/08)
7. FIタームに関しては特許庁ホームページ、「日本の特許分類(FI・Fターム)について」、経済産業省 特許庁 (jpo.go.jp)
8. 例えば松尾豊、「人工知能は人間を超えるか」、KADOKAWA刊 (2015)
9. 鴨志田元孝、「AIやディープラーニングによる革新的な生産技術の早期構築を期待して(前編) 」、および「AIやディープラーニングによる革新的な生産技術の早期構築を期待して(後編) 」、セミコンポータル (2019/12/25)
10. 「科学技術指標2021(調査資料-311)」および「科学研究のベンチマーキング2021(調査資料-312)」の結果公表について、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP) (2021/08/10)、
および「影響力が大きな論文の数 日本、過去最低10位 中国が初の首位」、毎日新聞 (2021/08/10)
11. 特許庁審査第四部審査調査室、 私信 (2021/09/05(日)10:54問い合わせ, 2021/09/07 (火) 7:45回答)
12. 神原由美、「DXのはじめの一歩はナレッジ活用から」、図研プリサイトオンラインセミナー (2021/09/02) 製品詳細 Knowledge Explorerは(株)図研の登録商標
13. SECIモデルに関してわかりやすい記事としては、例えば「SECIモデル」、グロービス経営大学院
14. 例えば野中郁次郎、竹内弘高、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社刊 (1996)など多数
15. 島田太郎、「未来を拓くQuantum Transformation(QX)〜東芝の量子技術が目指す世界とは~」、東芝オンラインカンファレンス TOSHIBA OPEN SESSIONS [Session1 量子技術によるサスティナブルな未来] 基調講演 (2021/08/19)

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