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ソフトバンクがARMを買収するインパクト

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7月18日月曜日のお昼に何気なくFacebookを見ていたらBBCニュースでARMのソフトバンクによる買収のニュースが流れた。240億ポンドで買収するという。3兆3000億円程度の巨大な金額である。BBCニュースが流れた後で、同日の夕方、ソフトバンクは英国で記者会見を開いた。なぜソフトバンクはARMを買収するのか。

ソフトバンクの歴史と最近のトレンドを見ていればおおよその狙いは理解できる。ソフトバンクは、IT系のメディアから出発し、1996年にYahooジャパン設立、アリババへの出資などインターネットビジネスへとシフトしてきた。2006年にVodafoneを買収して通信業者(オペレータ)として本格的に乗り出し、2013年に米国のオペレータSprintも傘下に収めた。

かつてはオペレータが通信産業のトップに君臨した。しかしAppleがiPhoneを引っ提げて登場した2007年頃から通信業者の役割が変わってきた。GoogleやAmazonなどのインタネットサービス業者が通信ネットワークを利用して大いに利益を生み出している。GoogleやAmazon、AppleなどをOTT(Over the top:トップとは最上に位置していた通信業者を指す)と呼ぶ。通信オペレータは、「俺たちは(インフラを敷くだけの)ドカン屋か?」という想いを持つようになっている。すでにMWC(Mobile World Congress)2013ではオペレータがOTTに対抗する手段をディスカッションする場もあった。ソフトバンクも同様にオペレータであると同時にOTTビジネスもやりたいとの想いがある。

2014年にソフトバンクは人型ロボット「Pepper」を発表した。これはモノづくり産業である。サービス産業はとても脆弱であり、基盤となるハードウエアやソフトウエアの技術を持っていたいと考える業者は多い。Googleは数年前、Motorola Mobilityから携帯電話やタブレットの部門を買収した。モバイルビジネスは失敗したが、今年の5月には人工知能(ディープラーニング)専用のプロセッサTPU(Tensor Processing Unit)を開発、検索エンジンに使っていることを明らかにした。消費電力効率が1桁高いとしている。Amazonも半導体を開発していることを明らかにしている。Appleはもちろん、自前のアプリケーションプロセッサを持っている。

ソフトバンクも自社製の半導体を持ちたいと考えたのだろうか。IoTを指向すると今回の記者会見で孫正義社長は述べている。IoT端末には制御用マイコンが必要で、ARMのCortex-Mシリーズが多数使われるだろうと見られる。では、なぜルネサスやIoTに力を入れている半導体メーカーを買収しなかったのか。ソフトバンクはGoogleやAppleと違って、自前のAI開発には力を入れず、IoT市場に期待した。このため、安価なIoT半導体を持つつもりはなかったかもしれない、とも考えられる。AI開発はIBMのワトソンに任せるのであろう。

孫社長は、「これまでソフトバンクは世界で3位、4位の部門しか持っていないが、ARMのIPコアの出荷数は世界一であるから、これで初めて世界一の部門を持つことができる」と述べている。ARMのIPコアは携帯電話のほぼ100%、それも1台のスマートフォンにARMコアは4~5個も入っている製品も多い。APUにはCortex-Aシリーズの高性能プロセッサ、モデム(ベースバンド)チップにはCortex-Rシリーズのリアルタイム制御プロセッサ、マイコンやセンサ制御などにはCortex-Mシリーズなどを使うからだ。さらにWi-FiやBluetoothの制御にも使われている。

ソフトバンクはARMを支配すれば、半導体を支配できると考えたのかもしれない。これからはIoTの時代になると考えれば、IoTの制御にCortex-Mシリーズのマイコン、ゲートウェイから上位レイヤーのクラウドコンピューティングでは高性能のCortex-Aシリーズなどが向いている。Cortex-AシリーズはAIマシン用の半導体にも使うことはできる。

しかし、ARMは半導体チップそのものを作らない。あくまでもIPコアを半導体メーカーにライセンス供与し販売するだけである。半導体を作れば、これまでのお顧客であった半導体メーカーが競合相手に変わってしまうからだ。だからこそ、ARMはIPコアビジネスに徹する、とこれまで何度も言ってきた。

ソフトバンクはARMのビジネスを変えて半導体を設計するのだろうか。それはARMの方針に反する。では、IPコアビジネスを続けるのだろうか。もちろんその場合でもARMのブランドを維持する必要がある。ARMがIPコアを世界中の半導体メーカーに販売できたのは、どこにも属さない中立性が担保されていたからだ。かつてAppleがARMを買収するという噂が流れた。しかし、この中立性が危惧されていた。今回のソフトバンクによる買収はやはり同じように中立性がどうなるか、不明である。

ARMコアの世界出荷数量は、2015年だけで148億個にもなるが、ARMの年間売り上げは2015年に15億ドルしかない(1600億円)。Intelの6兆円近い数字からみると極めて小さい。ARMは営業利益率が40%を超える超優良企業であるが、その売り上げ規模は非常に小さく、2015年に世界のトップ20位のFreescale の44億ドルと比べても小さい(参考資料1)。ARMはトップのIPベンダーといえども、その売り上げは小さい。今回ソフトバンクは、この1600億円企業を3兆3000億円で買収するのである。

ソフトバンクは、ARM社の本社機能やケンブリッジの本社の場所を維持し、ARMの中立性と独立性を維持すると宣言しているが、反面、英国ARMの社員数を5年後に倍にするともコミットしており、ARMの中立性・独立性をソフトバンクがどの程度担保するか、が問われている。それでも一般ユーザーやARMが築いてきたエコシステムを構成するさまざまな企業はどのように思い、次の手を打つのか、時を待つことしかないだろう。

参考資料
1. 2015年世界半導体トップ20社ランキング (2015/11/12)

(2016/07/19)

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