米国のDXとメガコンステレーション構想(2)通信衛星の混雑
メガコンステレーションは、膨大な数の通信衛星を結んで高速のインターネットサービスを提供する構想である。地上の光ファイバでカバーできない地域を補うためのサービスでもある。通信衛星はすでに混雑状態にある。通信衛星同士が衝突したという事故も出てきている。通信衛星の混雑ぶりを前川氏とR. Shield氏が紹介する。
(セミコンポータル編集室)
著者:AEC/APC Symposium Japan 前川耕司、ITTA R. Shield
DX (Digital Transformation) and Mega Constellation in USA (2)
The article reports the difference of the present space business such as the satellite movie business and the mega constellation business. Mega constellation business requires more than 10,000 satellites on LEO (Low Earth Orbit) during the following several years. However, there are many satellites with the important missions such as ISS (International Satellite Station), Landsat for remote sensing, and the weather satellites already have stayed on LEO. CRS reports have concerned the serious congestion by many satellites and their debris in the space. The reports and authorities address the necessity of the traffic management for the sustainability in the space.
前川耕司、Koji Maekawa、AEC/APC ( Advanced Equipment Control/Advanced Process Control) Japan, Advisor, およびロバート・シールド, R. Shield著、ITTA (International Trade and Technology Association), Sr. Manager, Science, Space, and Technology strategyより引用
人口密度の高い大都市部では、ファイバを張り巡らせて、緊密なネットワークシステムを形成するのは、うまみのあるビジネスだ。しかし、郊外や僻地では、ファイバでの接続はその埋設コストを考えると、実現に二の足を踏む(編集室注1)。米国でも、隣の家の玄関まで、30分以上車でドライブしないとたどり着かないような地域がそこら中にある。
Space X社の野心的プロジェクト「Global broadband satellite mega-constellation」は、人工衛星を使った世界的な高速インターネットサービスネットワークの構築だ。省略して、ブロードバンドサービスと呼ぶことにする。地中に埋め込んだファイバ網でのブロードバンドサービス事業とは、補完関係にあると思う。
人工衛星を使ったテレビ放送サービスは、すでに長い歴史を持っている。ルクセンブルクの衛星テレビ放送サービスの大手であるSES社は、年間売上は約20億ユーロ(約2400億円)、従業員数は2,000人を超える企業だ。SES社も新たなビジネスターゲットとして、ファイバの設置が難しい地域へのインターネット接続サービスを掲げる。全世界では29億人がブロードバンドに未だ接続していないという(図2-1)。衛星を使ったブロードバンドサービスのマーケットは2040年までに、4,120億ドル(42兆円以上)になるとの予測もある。日本の国家予算の半分近くになるという途方もない数字なので、理解にやや困難を覚える。
図2-1 全世界で29億人が接続していない 出典:SES社、The superpower of Satellite, DC5G 2019年を基に作成
Space X社とSES社の仕組みはどこが違うのだろうか。大きな違いは、衛星を乗せる軌道の高さと衛星の数だ。SES社の衛星は、MEO(Middle Earth Orbit)からGEO(Geosynchronous Equatorial Orbit,またはGeostationary Orbit、静止衛星軌道)にかけて飛行する。静止衛星に近い考え方で、数少ない衛星で、広い地域をカバーする。SES社の衛星は、すでにGEOに50個、MEOに20個存在するという。
SpaceX社のスターリンク衛星は、低い高度のLEO(Low Earth Orbit:低軌道)上に打ち上げられる。のちに触れるが、このLEOは人気のある高度で、ISSやランドサットという、私たちにとって、馴染み深い先客がいるところだ。打ち上げる衛星の数は、最終的には延べ1万個を超える。
スターリンクの一つ一つの衛星は小型であるが、極めて多数の衛星で、緊密なネットワークを構成するのが特徴だ。2020年11月の段階で、すでに900以上のスターリンク衛星が打ち上げられている。2021年度は、ほとんど毎月、60個のスターリンク衛星を打ち上げるという。FCC(Federal Communication Commission:連邦政府通信委員会)へは、今後9年間で合計12,000個のスターリンク衛星の打ち上げを申請し、認可されている。これらの衛星は、Optical-Crossと呼ばれる技術を使い、軌道上で互いにネットワークを組むようにその位置を調整し合う。
低い軌道を飛ぶことは、地上との通信では遅延時間が短いという大きなメリットを伴う。GEO上での静止衛星の場合、地上との交信時に600msec程度の遅延時間が生じている。スターリンク衛星の場合は、約20-40msec程度である。現在使われている4G LTEのWi-Fiの遅延時間は約60msec、短遅延が売り物の5Gでは、約20msecである(ただし、5Gの遅延時間は、将来もっと短くなり、10msec以下になると言われている)。なかなか、速いじゃないか。イライラせずに行けそうだ。
データ転送速度は50-150Mbpsとあり、このスピードは、米国で使われているブロードバンド向け5Gの現時点でのスピード並みである(Verizon社だけは、ハイバンドと言われる周波数帯域も使い、最速900Mbpsを達成している)。ちなみに4G LTEのスピードは約35Mbpsだ。
受信者は、ターミナルボックスという、ルーターのような箱を購入する。$499だそうだ。月額の受信料は$99である。我が家に入っているVerizon社の5Gブロードバンドサービスと似たり寄ったりの価格である。近未来のビジネスとしては、結構期待できるじゃないかと心中思う。
しかし、技術革新によって生じた大胆なビジネス構想のため、宇宙に関してもルールが必要となってきている。米国では、新規開拓ビジネスは、行政による規制を嫌う。心意気としては、規制を嫌うがために、革新技術を使い今までに存在しない新しい分野のビジネスに進出するのだ。規制を嫌う、言い方を変えれば、野放図にやりたい新規ビジネスに対して、ルールという名前の規制を適用して、全体のコントロールを保つというのは、役所側の見解だ。もはや、役所と新規ビジネスを狙う企業との目に見えない戦いは始まっている。
混雑する軌道
再び、ITTA ロバート·シールドの分析、米国議会調査局のレポートに戻ろう。2020年1月に発行された、米国議会調査局のレポート(CRS レポート)は、「Challenges to the United States in Space」と題して、宇宙関連事業のグローバルマーケットの大きな成長と国際競合を簡潔に述べている。
これは、公文書だ。眠気を誘うような、退屈・無難な記述が先行している。さらに米国の国益という観点から書かれているのを忘れてはいけない。さりげない記述の中に、本音が隠されていることも多い。気合を入れて読むぞと自身に言い聞かせる。以下、長く引用する。「」はレポートからの引用。
「宇宙関連事業が、全世界におけるほとんどの産業のコミュニケーションに関わっている」点を強調している。「コミュニケーション事業は、今後も急速な成長を遂げると推測される。宇宙関連事業がコミュニケーションの道具として使われる点」に注目しているのだ。ストレートにいうと、宇宙関連ビジネスは、急速に拡大するDXビジネスの道具に使われるので、将来えらく有望、儲かりそうだということになる。
「全世界における宇宙関連事業の年間売上額は、現時点においてすでに3,000億ドル(33兆円)を超えており、そのうち民間事業が3分の2を占める。最も大きな事業はDirect TV(衛星テレビ放送)事業で、1,000億ドル(11兆円)以上の売上額」だ。先に述べたSES社の基幹ビジネスはこの分野である。さらに、「ロケットや衛星等の部品製造に関する売上額も、1,000億ドル(11兆円)を超える。宇宙関連プロジェクトに費やす各国政府の経費は、800億ドル(8.8兆円)を超えるが、そのうち60%は米国政府によるものである」。さすが公文書、米国自慢が顔を覗かせているなと思い、心中微笑ましい。
「宇宙事業開発に力を入れている主要な国は、米国、EU、ロシア、日本だが、近年、インド、中国の成長が著しい」中国に関しては、「大変積極的な事業展開を試みている」と、わざわざ一言ある。「韓国、UAE( United Arab Emirates)がこれらに続く。米国宇宙産業の長期的な成長の鍵を握るのは、軍事面の観点での戦略と、成長する宇宙関連事業マーケットの中の民間企業間の競合を促す戦略とのバランスが必要」と述べている。
この辺り、気配りの公文書だ。そつが無いじゃないか。私は、全く同じくだりを、半導体技術開発に関する米国議会調査局報告書の中で、目にしている。しかしながら、やや違和感を覚えないわけでもない。半導体関連の調査局報告書では、中国に関する記述が大変多くなってきている。日本、ヨーロッパ、韓国、台湾に関する記述は、各地域せいぜい3分の1ページだ。中国に関する記述は、一国だけで3ページを超えていた。しかし今回、目にした衛星関連での議会報告書は、どの報告書もあっさりとした記述で終わっている。
その後、「民間事業の競合・協業、複数の国による競合・協業は、グローバルマーケットの成長を急激に促す」という明るい未来を予感させる記述が続く。しかし、オプティミスティックな宇宙ビジネスにも、すでにいくつかの頭痛の種が見えてきている。報告書のぼやきとも言える記述がある。以下、ストレートに言い換える。
人工衛星の3つの軌道には、合計で2,000個近い先住者がいる。最も先住者の多いLEOには約1,300個、MEOには75個、GEOには約430個である。日本で日常的に名前を聞く気象衛星ひまわりは、GEOの高みにいる。GPSに使われる衛星はMEOにいる。GEOやMEOには、その目的により最適な位置があり、ベストスポットはそう多くない。最適な場所取りを巡り、すでに、混雑が生じている。
LEOに関しては、この混雑についての懸念が高い。LEOは人気があり、ISS(International Satellite Station:国際宇宙ステーション)やランドサットという、名の知られた先住者がいる。ランドサットは衛星写真で有名だ。住所を検索する時に、マップと共に衛星写真をお使いになる読者も多いと思う。ランドサットはこの衛星写真の供給元なのだ。ランドサットは1990年代より、何回も代替わりをしながらの、LEOの長い先住者である。
また、LEOは、国家安全保障の名の下、軍事目的に使われる衛星·スパイ衛星の軌道でもある。先ほど触れた、スターリンク計画は、一番人気のLEOに12,000個の衛星を今後9年の間に打ち上げようとの試みだ。いくら小型の衛星といえども、今までとは、桁違いの数である。図2-2は、LEO上での衛星の数を予測している。混雑が生じることは十分予想できる。
図2-2 LEO上の衛星数の予想 出典:The Economist, Dec 8, 2018 A worldwide web in spaceよりThe Economistの許可を得て引用
また、衛星の持ち主の数も多い。「1,000個以上ある現役の衛星の持ち主は、100以上になり、それらの所有者たちの国は50カ国以上にまたがる」。「衛星通信に使われる電波の周波数帯域の割り当て」も、問題である。
さらに、LEOには宇宙のゴミともデブリとも呼ばれる厄介な問題がある。デブリは、主に衛星同士の衝突でできた、破片のことだ。「2007年の中国によるASAT(antisatellite) test,いわゆる自爆衛星のテストや、2009年のイリジウム-コスモス衛星の衝突事故(図2-3)、最近では2019年のインドによるASAT test等で発生した、大量のデブリが存在する」(図2-4)。
図2-3 イリジウム-コスモス衛星の衝突事故のデブリ 出典:Iridium 33/Cosmos 2251 Collision, Celes TraK, celestrak.com/events/collisionよりDr. C. Trakの許可を得て引用
図2-4 不要衛星デブリの増加 出典:Space Safety Magazine、www.spaceflightinsider.comより引用
「その数は、フットボール大の大きさのもの数千個から、それ以下の大きさのもの100万個以上(NASAによれば、約1億1700万個)に及ぶ」。米国は、これらの多数のデブリを追跡している。
編集室注
1. 日本では光ファイバ網は地下に埋没させずに地上の電柱に電力網や電話網と共に空中にはわせている所が多いため、光ファイバの通信コストは安い。いわば美観を二の次にしている。