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医療のデジタル化を考える

2010年度に医師の治療費などに支払われた国民医療費の総額が37兆4202億円と膨大な値になったことを厚生労働省がこのほど公表した。この数字は一人当たりで前年比3.5%増えたことになる。一方、同じくGDP個人当りの増加率は、プラス0.7%にとどまっており(参考資料1)、比べて見ると医療費の伸びは驚くほど高い。これは消費サイドでの見方だが、他方、医療をビジネスとしては大変有望な成長ビジネスと見ることができるだろう。この観点から本稿では半導体が多いに活躍する医療のデジタル化を考えてみることにしよう。

人が肺結核をわずらうと肺のX線写真に陰影が現れる。デジタル化される前は、現像されたレントゲンフィルムを専門医が観察して診断を下していた。フィルムは実寸サイズで大きく、その取り扱いは容易ではない。例えばセカンドオピニオンを得る場合、患者は苦労して大型のフィルムを持ち運び、別の医師に見せることになる。置き忘れなどで途中、紛失することが絶対にないとは言えない。

デジタル医療の時代は個人が家庭医に登録するケースが増えるはずだ。デジタル化が進めば、カルテやレセプトもデジタルデータになりクラウドにのるだろう。家庭医は所定のメディカルデータセンターを備えるクラウドにアクセスできるICT(情報通信)環境を持つようになる。肺のX線画像はカルテと共に暗号化されデータセンターに保管することが可能になる。セカンドオピニオンを求められた医師はネット経由で当該画像を診断すればよく、患者が運ぶのは半導体内蔵のデジタル保険証であり、その大きさは名刺サイズといたって使いやすい。X線画像データはフィルムに保存しない代りに、ハードディスクや、フラッシュメモリーからなるSSD(Solid State Drive)に保存する。

長い歴史を誇る大きな病院は、患者数も多くカルテの保管や管理に苦労していたが、デジタル化の恩恵によって保管スペースが不要になり、データセンターに丸投げしても構わない状況になりつつある。要はしっかりしたID化、個人情報を守るための暗号化、そして検索パワーが求められる。個々のデータを紐付し検索エンジンに載せることなどは、全て半導体とITを組み合せたデジタル技術で構成できるため、すでに自家薬篭中の物となっている。

X線画像データはフィルムではなくプラズマデイスプレイなどの画面で観察することになるが、超高精細を必要とする。幸いなことにNHKは本年までに、次世代の高臨場感放送システムの一貫としてスーパーハイビジョン(SHV)映像信号の仕様を完成させた。NHKは8月23日、この仕様が国際電気通信連合(ITU)傘下のITU-R勧告を通りBT:2020として承認された、との発表を行った。5月の技研公開ではプラズマデイスプレイにてこれのデモを行っている。画素数は水平7,680×垂直4,320であり肺の場合は静止画像だが、動画の場合は、システムの毎秒フレーム数は120Hz(あるいは60Hz)にて動作する。当然GUI、即ちグラフィッカルユーザーインターフェース回路やビデオインターフェース回路にも新しい半導体回路を設計して使うことになる。NHKのデモは、プラズマデイスプレイであったが、近い将来は有機ELのSHV(8K4Kのスーパーハイビジョン)ディスプレイが実現すると筆者は期待している。

デジタル化が普及した結果、医療用X線フィルムの需要は激しく減少した。そして生産コストが上昇するなどして安定供給が困難になった。困ったのは医療現場であり、事態は相当に深刻らしい。日本外科学会は、里見進理事長名で厚生労働省宛に本年2月3日付で安定供給を願う要望書を提出し、その内容は「医療用レントゲンフィルムの必要性について」と題してウェブで公開された(参考資料2)。

一方、東大経済学研究科の伊藤元重教授は経済が停滞する昨今、「よくわかる経済学」の記事で読者に啓蒙し始めている、曰く「成長分野を探せ」。これによると医療健康分野はまちがいなく有効な成長分野だ(編集室注)。教授がその理由として挙げるのは、まず上記の37兆円がGDPの8%を占める大きなセグメントを形成していることだ。その上、日本の医療支出は先進工業国の中で最も規模が小さいから今後は多いに伸びる見込みだ、としている。高齢化はますます進み国民は医療の高度化を望む。筆者も自分の健康はたいへんに大事だし、それは誰しも同じだ。このために37兆円どころか、医療健康分野は50〜60兆円に膨らむだろう、としている。仮に今後10年間で60兆円に達すれば、その成長率は60%を超える、年間でも6%の高成長だ。少々、多すぎるとの感がなくもないが、ここは教授を信じたい。ふさわしいのは改革というべきで、規制緩和と合わせて規制改革と呼称するべきと、している。

外部から支援し病院の再編や改革を進め経営を合理化させたい、と筆者も考える。それには、ICT技術の応用が最適だ。規制改革をリードすべき政治家たちも、一部ではあるがツイッターを使うようになり変わりつつあるようだ。その米国は健康保険制度がなく国民が消費する医療費もGDPの17%と高い。我が国の医療費も近いうちにGDPの10%を越える成長産業と考えてよさそうだ。

今年になってソニーとオリンパスは提携することになり広く報道された。エレクトロニクスのジャイアンツ企業のソニーは内視鏡などで世界をリードするオリンパスの価値を高く評価したからこそ提携に踏み切ったのだろう。医療のデジタル化が進みクラウドが進展するとエレクトロニクス企業が医療分野に進出する動きが今後ますます進むだろう。

参考資料
1. 河野龍太郎「一人当たりGDPについて」、BNPパリバ証券 (2012/05/09)
2. 要望書(医療用レントゲンフィルムの必要性について) (2012/02/03)

エイデム 代表取締役 大和田 敦之


編集室注)
医療費=医療産業規模とすれば巨大ではあるが、成長産業という捉え方を別の観点から議論してみる。JETROが引用しているEspicom社によると医療機器の国内市場規模は2009年に210億ドル(2兆円弱)だという。ヘルスケア・医療機器産業は間違いなく成長産業である。ヘルスケアに必要なモバイルヘルス機器を使えば、医療費の高騰、医者・看護師不足、ベッド不足、病院のたらい回しといった現状の問題を解決できるからだ。家庭で取った24時間の健康管理データをクラウド上で医師と共有する。医師の足りない病院へ行かずにすむ。24時間の健康管理データは、例えば不整脈や脳梗塞などの早期発見、早期治療につながる。病院内でさえモバイルヘルス機器を入院患者に適用すれば、看護師による真夜中の体温・血圧測定の必要はなくなり、重労働から解放される。この5月に英国Toumaz社のモバイルヘルス用信号処理チップは米国FDA(日本の厚労省に相当)の認可を得た。

さらに医療機器は、これまでLSIではなくディスクリートに近い半導体を寄せ集めて作ってきたため価格は高く、あまり普及していない。CTスキャナやMRIなどは大病院に1台しかない。例えば数十チャンネルのADコンバータやマルチコア画像処理プロセッサを使えば、CTスキャナをデスクトップ程度の小型・低価格にできる。大型医療機器が大病院に1台の時代から町医者1台の時代になる。また、町医者が持っている超音波診断装置に高集積LSIを使えば、スマートフォン並みの小型診断装置ができる。すでに米国のSognotics社は手のひらサイズの超音波モニター装置を開発している。超音波モニター装置は町医者1台から家庭に1台の時代が来る。こういったヘルスケア・医療機器の普及がこれから世界的に始まっている。

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