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ニワトリが先か、卵が先か 〜直流共鳴方式ワイヤレス送電システム

「鶏(ニワトリ)が先か、卵が先か」という議論は、半導体分野においては「市場のニーズが先か、研究開発シーズが先か」ということになろうか。

この話で思い出すのは、半導体関連の多くの共同プロジェクトのことである。国が関与した共同プロジェクトでは超LSI共同研究所を除き、ことごとく成果が出なかったといわれ、その原因のひとつとして共同研究プロジェクトではひたすら「研究」をして「知」は積み上がってもこれらの「知」を市場に「媒介」しようとする企業家の不足、あるいは企業家のための環境の貧困のほうがはるかに深刻であるという指摘がある(参考資料1)。つまり、研究開発がいくら先行しても、市場へ媒介する手段がなかったり、市場のニーズがなかったりすれば無駄な投資になるという。

ここでわが国の半導体関連の共同研究プロジェクトについて少し振り返ってみると、1976年に共同研究プロジェクトの先駆けとして超LSI共同研究所が設立され、1981年までの約4年間にわたって共同研究が行われた。研究所長を務めた垂井康夫氏は「基礎的共通的テーマ」を中心目標に据えて、微細加工装置の開発とシリコン結晶の向上を二大テーマに選んで大成功を収め、国とメーカーとが連携して行う共同研究プロジェクトの世界的な成功モデルとなった。垂井氏が創案し実行した「基礎的共通的」研究手法は英語では「pre-competitive」という言葉に翻訳され、1987年に始まった米国初の共同研究プロジェクトSEMATECH(Semiconductor Manufacturing Technology)においても、1989年から始まった欧州の次世代半導体開発プロジェクトJESSI(Joint European Submicron Silicon Initiative)にも垂井氏の研究手法が踏襲され、世界中の共同研究のひな形となった(参考資料2)。

このように日本発の超LSI共同研究所の成功を引き継いだ米国と欧州の動きとは反対に、日本政府は米国との半導体貿易摩擦を恐れ半導体分野におけるその後の継続的な共同研究プロジェクトを封印した。超LSI共同研究所設立の1976年からちょうど20年後の1996年になってようやく三つの大きな共同研究プロジェクトが発足した。技術研究組合超先端電子技術開発機構(ASET)、半導体先端テクノロジーズ(Selete)および半導体理工学研究センター(STARC)である。その後、DIINプロジェクト、HALCAプロジェクト、EUVプロジェクト、MIRAIプロジェクト、あすかプロジェクトなどが続々と生まれることになったが、これらのプロジェクトの成果はほとんど活かされることはなかった。

とはいえ、研究開発成果と市場ニーズが同時に立ち上がることを期待するのは虫が良すぎるのかもしれない。そこで一つのアプローチとしてワイヤレス給電システムの例を紹介する。これから紹介する例は、今後の動きによって成功するかどうかもはっきりしないものの、研究開発シーズと市場ニーズを結びつける一つの方法として参考になるかもしれないと考えるからである。

2013年3月、村田製作所は独自に開発した「直流共鳴」方式によるワイヤレス給電システムを発表した(参考資料3)。実用化が先行している電磁誘導方式では給電側コイルと受電側コイルの位置合わせに制約があるのに比べ、この直流共鳴方式では共鳴方式が持つ最大の利点である送電側と受電側との配置の自由度が非常に高い。直流共鳴方式の原理図を図1(a)に示す。同じ共鳴方式でも図1 (b)に示す現行の磁界共鳴方式では高周波交流信号を使用するが、直流共鳴方式では直流電源をスイッチングすることで直接的に共鳴フィールドを形成するため回路構成が簡単で小型軽量となりエネルギーの変換効率も高まるという(参考資料4)。


図1 直流共鳴方式と現行の磁界共鳴方式(出典:村田製作所)

図1 直流共鳴方式と現行の磁界共鳴方式(出典:村田製作所)


ところで、何種類かあるワイヤレス給電システムに関して、既に多くの標準化団体ができており、実用化を目指してしのぎを削っている。これらのワイヤレス給電システムの代表的な方式としては電磁誘導方式(WPC、PMA)、磁界共鳴方式(A4WP)、電界結合方式、および今回の直流共鳴方式(WPM-c)などが提案されている。各方式名の後にあるカッコ内はそれぞれの方式を普及させるためのアライアンスの名称である。

ここでもう一度、当初の「市場のニーズが先か、研究開発シーズが先か」という議論に立ち戻る。この直流共鳴方式のワイヤレス給電システムを開発したのは村田製作所であり、ここに一つのシーズが生まれた。次は市場のニーズであるが、このシステムに適した市場ニーズが本当にあるかどうかもわからない。そこで直流共鳴方式のワイヤレス給電システムでも他のワイヤレス給電システムの場合と同じようにコンソーシアムWPM-c(ワイヤレス・パワー・マネジメント コンソーシアム)(参考資料5)を2013年4月に立ち上げた。

研究開発シーズと市場ニーズをつなぐ一つのアプローチとして、ここに紹介した直流共鳴方式ワイヤレス給電システムのWPM-cコンソーシアムであるが、既存のワイヤレス給電システムのコンソーシアムと何が違うのか。ワイヤレス給電システムのコンソーシアムに限定しなくても、その他多くある一般的なコンソーシアムと何が違うのかということが興味のあるところである。

その答えは、WPM-cコンソーシアムの事務局を引き受けているNPO法人「新共創産業技術支援機構」(参考資料6)にある。そこで、このNPO法人新共創産業技術支援機構について少し紹介する。理事長は元シャープ副社長の佐々木正博士(参考資料7)であり、佐々木博士がかねてから提唱している「共創」(参考資料8)の精神を基本としてこのNPO法人を運営している。ここでポイントとなるのが共創の精神である。

まずNPO法人新共創産業技術支援機構がコンソーシアムの事務局を引き受けるに際して、そのシーズの将来性を見極めることから始まる。いわゆる目利きの仕事である。と言葉で言えば簡単そうに見えるが、この仕事は「言うは易く行うは難し」である。つまり、これといった判断基準はなく、個人的なスキルに頼るところが大きい。とにかく、この直流共鳴方式ワイヤレス給電システムの将来性に関する見極めがクリアされたことで、次のステップに進んだ。次はコンソーシアムに参加する企業を募ることになるが、このコンソーシアムに参加する企業には共創の精神が求められる。この共創の精神を言葉で説明するのも難しいが、ここに参加する各企業は自社の利益だけを追求するのではなく、相互の信頼関係に基づきお互いが感謝の気持ちを持って、異なった価値観と個性に基づき智慧を出し合う場の共有が不可欠となる。

その後のWPM-cコンソーシアムの活動方法について紹介する。京都大学の「ワイヤレス電力伝送実用化コンソーシアム」(参考資料9)とも提携しながら、村田製作所が開発した直流共鳴方式ワイヤレス給電システムの実用化に向けた仕組みづくりと標準化の活動を行うことになる。もう少し具体的に言えば、このコンソーシアムに参加した企業(2014年1月現在で25社)は業種別にワーキンググループを構成し、それぞれの業界における新しい応用を探る作業を共同で続ける。その中で新しい応用が見つかればそれぞれのワーキンググループで技術規格、認証規格、試験規格、安全規格などの標準化を目指し、市場展開も行うことになるが、この一連の作業の中では共創の精神が求められることになる。

2013年12月、村田製作所はWPM-cコンソーシアムの会員企業向けに直流共鳴方式に基づくワイヤレス給電のデモ・システム(図2)を無償で提供した。このデモ・システムは、アンテナを別にすると送電モジュールの大きさは10mm×22mm×2.5mmで、受信モジュールは8mm×13mm×1.7mmと非常に小型で、送電電力は0.5W、周波数は約20MHzで、送電モジュールの電源としてはUSB2.0の電源も利用できる。最終製品では使用周波数はISMバンドである6.78MHz、送電電力は3W、10W、30Wなどのシステムを予定しているという(参考資料10)。今後の展開が楽しみである。


図2 村田製作所が提供するデモ・システム(出典:村田製作所)

図2 村田製作所が提供するデモ・システム(出典:村田製作所)


参考資料
1. 西村吉雄「電子情報通信と産業 (電子情報通信レクチャーシリーズA-1)」コロナ社、2014年3月発行。または、西村吉雄「電子立国は、なぜ凋落したのか(第8回)、イノベーションに背を向け続けた研究開発」日経エレクトロニクス Digital 2014年2月17日号。
2. 垂井康夫「世界をリードする半導体共同研究プロジェクト」、旧工業調査会、2008年12月10日発行。
3. 「直流共鳴方式ワイヤレス電力伝送システムの開発について」、村田製作所、2013年3月28日。
4. 「直流電圧から直接電力を無線給電 村田製作所が「直流共鳴方式」で効率を向上」、EE Times Japan、2013年03月29日号。
5. WPM-c(ワイヤレス・パワー・マネジメント コンソーシアム)
6. NPO法人「新共創産業技術支援機構
7. 大家俊夫「〔話の肖像画〕元シャープ副社長・佐々木正氏(98):98歳、元シャープ副社長「私の履歴は終わっていない」」、産経新聞2014年1月27日; 「元シャープ副社長、ジョブズ氏や孫氏との出会い」、産経新聞2014年1月28日; 「手のひらサイズに...“電卓戦争”を勝ち抜いた技術」、産経新聞2014年1月29日; 「シャープ、創業からの「まねされる商品」の精神」、産経新聞2014年1月30日; 「元シャープ副社長、若い世代に「切り口を変えて新製品を」」、産経新聞2014年2月1日。
8. 「独創から共創へ」、セミコンポータル、2008年6月18日。
9. ワイヤレス電力伝送実用化コンソーシアム 
10. 野澤哲生「村田製作所、「直流共鳴」方式のワイヤレス給電システムをサンプル出荷」、日経エレクトロニクス、2013年12月17日号。

光和技術研究所 代表取締役社長 禿 節史(かむろ せつふみ)

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