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一朝一夕にはできぬ労働力・人材育成の難しさ(後編)

ここでは本題の量子情報科学技術労働力開発国家戦略計画(QIST労働力開発戦略)(参考資料3)を抄録にして紹介する。先のQIS戦略全容(参考資料2)と比較する意味で、まず作成者の構成を明らかにし、その上で、労働力開発のビジョン、柱となる4つのアクション、それぞれのアクションに関わる現状分析と政府諸官庁に対する提言、そしてそれによってもたらされるopportunitiesの順にまとめた。

作成者は22名の官僚

QIST労働力開発戦略(参考資料2)の表紙には、QIS戦略全容(参考資料1)と同じ国家科学技術会議(National Science & Technology Council)科学委員会(Committee on Science)の下部機構である量子情報科学分科会(Subcommittee on Quantum Information Science, 以下SCQIS)の作成と記されている。しかしそのSCQISメンバーはQIS戦略全容から一新されており、また新たにSCQISの下部機構として労働力作業部会(Working Group on Workforce)が新しく設置されていた。それぞれの陣容は下記の通りである。
なお、各省庁の日本語名は定着しているもの以外は、ウェブで使われている名称から選択して使った。また「National」の訳は「全米」「米国」など多数あるが、本稿では参考資料1に合わせて「国家」に統一している。違和感を抱かれる読者も居られようが、御容赦頂きたい。

SCQISの新構成は国家科学財団から3名、国家エネルギー省、米国国立標準技術研究所、NASA、国家行政管理予算室、米国特許通商庁からそれぞれ2名、科学技術政策局、 国土安全保障省、情報高度化研究プロジェクト活動 (IARPA )、国務省(DOS )、国家安全保障局 、国家情報長官室、国立衛生研究所、空軍科学研究所、内務省からそれぞれ1名、合計22名の官僚であった。内4名は共同座長で、1名がエグゼクティブセクレタリである。
QIS戦略全容(参考資料1)発表当時の4年前は28名であったが。そこから6名減となっており、国防省と農務省はゼロで、替わりに特許通商庁が入っている。

新設の労働力作業部会(Working Group on Workforce)の構成は国家科学財団、空軍科学研究局(AFOSR)、空軍研究所(AFRL)からそれぞれ 2名、国家エネルギー省、国家安全保障局物理科学研究所(LPS)、科学技術政策局(OSTP)、ARL-ARO(陸軍研究所―陸軍研究局)、米国国立標準技術研究所からそれぞれ1名で、合計11名であり、内4名が共同座長になっている。一見してこの作業部会には軍関係からの参画が目立つ。この作業部会は表紙に掲げられた作成者には含まれていないが、少なくても素案段階では、この作業部会の意見が反映されているものと思う。


労働力開発のビジョンと4つのアクション

労働力を開発する上で、あるべき姿がビジョンとしてまとめられている。即ち、「米国は多様で包括的で、持続可能な労働力を開発しなければならない。その労働力は産業界、学界、そして米国政府が必要とする幅広いスキルを持つと同時に、そのスキルはQISTの進展状況の変化に応じて拡張し、適応できるものでなければならない。」と掲げている。ビジョンをまず明確にして、それに向かって進もうという意気込みを示している。

QIST労働力開発戦略ではそのビジョン実現のため、現状分析し浮かび上がった課題に対する対策として、次の4つのアクションを柱にしている 。以下、カッコ内の下線の語句は筆者が説明の都合上、要点を略記したものである。

アクション 1: QISTエコシステムの労働力に対するニーズを、短期及び長期の視点からそれぞれ理解し、それを継続する。(即ちニーズの正しい認識である)。
アクション2: 広報活動や教育資料で、QISTの重要性を多くの一般の人々に紹介する。(重要性の周知徹底
アクション 3: 専門的な教育や訓練の機会を通じてQIST特有の壁(gap)に立ち向かう。(QIST特有の壁の克服
アクション4:QIST とその関連分野の職業(Career)が身近なもので、かつ希望する人々が公平に、就労できるようにする。(キャリアの創出

実はこのcareerの日本語訳にも苦労した。経験を積み経歴を豊かにすることかと思えば、原典ではexperienceとは明らかに区別されて記載されており、また仕事のことかと思うとjobという語も別に使われている。ここでは前後関係から想定して職業、職場と記述したが、QIST関連職、あるいはその職で得られる経験や経歴などを総合したニュアンスで捉えて頂ければ幸いである。

以下アクションごとにそのゴールと現状分析、政府官庁へ提言、Opportunities(もたらされる機会、効果)の順で要約を記述する。


アクション1:ニーズの正しい認識

ゴール
目標は次の3点である。
(1) QIST従事者の需要と供給を理解する。
(2) 教育訓練の機会の状況を調査、評価する。
(3) この分野を構成する人口統計を追跡する。

現状(Landscape)分析と概要
現時点ではQISTの労働力を示す、決定的なデータベースはない。但しあらゆるレベルで人材が不足していることだけは、数々の議事録などからはっきりしているとしていると断っている。データベースの有無についての筆者の考察は中編で記述したとおりである。

QIST分野への参加者を増やすことは非常に重要であり、時代と共に進化するQISTエコシステムのニーズに合わせるために、多様で適切な規模の労働力、即ち働き手を開発することが求められる。戦略作成者はデータベースがないと認識しているため、 (1)データ収集、(2)教育プログラム、(3)人材育成分野の拡大が必要になるとしている。

(1)データ収集では、まずはともあれ訓練の機会と、データを増やす必要がある。そのデータは、指標として、拡大するQIST研究開発コミュニティの規模と構成が明示され、かつ人材需要と供給の両面から動向、予測、不測の事態への対応等が数値で示されていて、全体像が分かるようでなければならないと指摘している。

(2)労働者を教育訓練するプログラムは、それによって創出される労働力とそのスキルがSTEM教育に裏付けられ、ハイテク雇用に結びつくという幅広い文脈で評価されねばならないとしている。

(3)人材育成分野の拡大には、QIST R&Dコミュニティは、今までSTEM分野で表に出ていなかった人々の参加を増やして、需要を満たす必要があると提唱している。

要するに、まだデータもそろっていない段階であるが、QIST労働力の状況をより深く理解し、意識的に労働力育成に取り組まねばならないということである。

アクション1の米国政府への提言と、もたらされるOpportunitiesを表1にまとめた。但しこの表で左右の欄はそれぞれ独立であり、項目ごとに左右が対応しているわけではない。以下の表2〜4も同じである。


表1 アクション1の米国政府への提言と、もたらされる好機、機会(Opportunities)

表1 アクション1の米国政府への提言と、もたらされる好機、機会(Opportunities)
NQCO: National Quantum Coordination Office
ESIX: Subcommittee on Economic and Security Implications of Quantum Science


アクション2:QISTの重要性の周知徹底

ゴール
一般の人々や学生にQISTの意義や恩恵に関する認識と知識を広く周知させる。

現状(Landscape)分析と概要
米国では大多数の生徒が物理の授業を受けていない。物理を教える教育機関であっても、STEM分野で活躍していない層の入学者が少ない。高校の物理教師で物理学を専攻した者は1/3しかいない。量子コミュニティは、他の科学アウトリーチ専門家や、多様性、公平性、包括性の専門家と共に、幅広い参加者が幅広い場で利用できるようなメッセージを発信し続ける必要があるとしている。

下記の9項目のコンセプトは、学生のみならず、より幅広い一般の人々を対象に、QISTの重要性の周知徹底に必要な項目をまとめたものである。但しこの表にある各項目の理解は専門家でも難しいが、ここではK-12 (幼稚園年長組からハイスクール卒まで)、学部、大学院生など、それぞれの年齢やバックグラウンドに合わせて、一般の人々に若いうちから判り易く、それなりの必要な知識を与えて、このプロジェクトを推進しようという意味である。

アクション 2で広めねばねばならないQIST関連9項目のコンセプト
・確率、ベクトル、代数、三角法、複素数、線形変換の数学を駆使し、量子力学で物理の世界を記述する
・量子状態の記述
・量子計測の成果と応用
・量子ビット、qビット
・量子もつれ現象と量子重ね合わせ理論
・コヒーレンスとデコヒーレンス
・特定の複雑な計算問題を古典的な計算機より効率的に解く量子コンピュータ(組み合わせ最適化問題を念頭に置いている)
・量子もつれを用い、光ファイバなどの伝送路により、異なった場所間で量子情報を転送する量子通信
・量子状態を利用して量子力学による最高の精度で物理特性を検出・測定する量子センシング

QISTの周知徹底と共に、QISTの労働力を長期にわたって育成するには、もっと広範囲なアウトリーチ、関与、早期教育の機会を創出し維持しなければならないとしている。つまり教育者、メンター、生徒、そして一般大衆にQISTの基本原理を説明し、QISTの有益性を強調し、QIST職を説明できるようになっていなければならない。QIST教員養成の機会はあるものの、その規模はまだ小さく、QISTのコア概念に触れられる生徒数は極めて少ない。教育とアウトリーチの拡大は、広く一般の人がアクセス可能で、実践的に多様性、公平性、包括性をテコ入れするものでなければならないと指摘している。


アクション2の米国政府への提言と、もたらされる好機、機会

表2 アクション2の米国政府への提言と、もたらされる好機、機会(Opportunities)


アクション3:QIST特有の壁の克服

ゴール
QIST職に合うよう大学院教育訓練を最適化する

現状(Landscape)分析と概要
これまでのQIST教育戦略はScience Firstで物理学科(学部)に焦点を合わせていたが、今やEngineeringに焦点を当てる取り組みも重要である。そのため大学院修士課程も含めた再編成が求められる。またエンドユーザー訓練も見落とせない。CS (Computer Science)
+X、Quantum+Xという他分野Xを含む学際的な訓練も促進しなければならないと書かれている。

それに対して、今の教育機関の教材はQISTのプロトタイプができた時代以前の古い内容である。一方、先端企業で開発された教材は、企業活動に特化されているため、必ずしもコアコンセプトを含んでいるとは限らない。どちらもQIST教育に使うには適正化が必要であると指摘している。

中等教育後の教育訓練プログラムは、米国のQIST労働力の質と適応性に多大な影響を与える。学部課程やインターンシップから大学院での研究職やクロストレーニングまで、あらゆるレベルの学生の進路に対応するよう、高等教育プログラムに、いくつかのオンランプ(高速道路の入り口にたとえた表現で、QISTへの入り口の意味)を構築すべきであると提案している。様々なキャリアステージ(この場合のキャリアは経験、経歴の意味) にある研究者や専門家のスキルアップや再教育の機会も必要である。

産業界も重要な役割を担っており、現在のQIST教育に重要な貢献をしている。また産業界では、必ずしもQISTに直結しなくても、間接的にQISTと結びつくスキルを持つ人材の要求も根強い。QISTの訓練の機会を通して、幅広いスキルを持つアジャイルな人材をプールして永遠に価値を生み続けるには、専門家である教育者が幅広く関与することが必要であると指摘している。


アクション3の米国政府への提言と、もたらされる好機、機会

表3 アクション3の米国政府への提言と、もたらされる好機、機会(Opportunities)


アクション4:キャリアの創出(QIST関連職の創出)

ゴール
(1) QIST関連職に参加を希望する全ての人の参入障壁を低くして、アクセスしやすく公平なキャリア(職業、職場)を創出する。
(2) 今までQISTエコシステムを形成し発展させてきたプログラムを強化し、多様化させることによって、全米および連邦政府においてQIST関連職に就けるようにプールする人数を増やす。
(3) QISTの活動に関与していない団体、機関、組織を招き入れ、QISTエコシステムを更に成長させる。

現状(Landscape)分析と概要
QIST産業振興のため、全ての人がこの分野に参画できるようにしておかねばならない。 専門知識のニーズも高まっており、専門家を増やすため多様性、公平性、包括性への配慮が必要である。またより多くの研究機関でQISTの研究に参加する学生のため新たなプログラムを開発しなければならない。政府で働く有能な人材とその安定供給が必要だが、その人材には米国市民権が必要である。バランスの取れた労働力開発戦略の一環としてSTEM教育を受けた外国人の米国市民権取得の道を検討する必要があると提案している。

連邦政府施設でのインターンシップやフェローシップの機会を加えて人材育成パイプラインを拡大すれば、連邦政府に人材を惹き寄せる道筋を提供することになる。

国内の人材が強く必要とされる一方で、米国はQISTエコシステムにおける国際的な人材の重要性を認識し、人材獲得活動を支援し続けなければならないと提唱している。


アクション4の米国政府への提言ともたらされる好機、機会

表4 アクション4の米国政府への提言ともたらされる好機、機会(Opportunities)


以上が4つのアクションに関する記述である。QIST労働力開発戦略では、その後に、中編で議論した戦略作成者の結論が述べられている。ここでは重複を避けるため、省略するが、必要があれば中編に戻って反復して頂きたい。

謝辞
また今回もご多忙の中、津田編集長にはご丁寧なご査読を頂いた。いつものことであるが、心より厚く御礼申し上げたい。時代の先端を行く方の査読を受けると、筆者も大変心強いからである。

技術コンサルタント 鴨志田 元孝

参考資料(後編) 番号は全編通して共通
2. Subcommittee on Quantum Information Science, Committee on Science, National Science & Technology Council, "National Strategic Overview for Quantum Information Science", Sep. 2018
3. Subcommittee on Quantum Information Science, Committee on Science, National Science & Technology Council, "Quantum Information Science and Technology Workforce Development National Strategic Plan", Feb. 2022

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