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スマホとテレビ業界、今年最大の話題:有機ELの行方

かつて、月刊Semiconductor International 日本版や月刊Electronic Journal(電子ジャーナル)の巻頭で「Perspective」という表題の半導体・ハイテク業界展望コラムを10年近く書き続けてきた。しかし、いずれの雑誌も廃刊となってしまい、コラム執筆から離れていたが、このたび、縁あって本欄を担当させていただくことになった。第1回では、スマートフォンおよびテレビ/ディスプレイ業界で今年最大の話題となっている有機EL(AMOLED)ディスプレイパネルを採り上げることにしよう。

テレビもスマホも有機ELパネル採用
今年初めに米国ラスベガスで開催されたCESで、韓国LGが独占していた大型有機ELテレビ市場にソニーが参入することが大きな話題となっていた。CESを視察したIHSテレビ市場担当アナリストによれば「次世代テレビの趨勢は、ソニーの参入で有機ELテレビに傾いた」と感ずるほどに有機ELは注目の的だったようだ。

一方、米国Apple製スマホiPhone次機種(今秋発売?)に、液晶に替わって有機ELディスプレイの採用が確実視されており、どのような形態で搭載されるのか、ディスプレイ業界では期待感を持って様々なうわさが飛び交っている。このように、有機ELを巡るニュースが、スマホやテレビ業界で大きな話題となっている。

実は、一口に「有機EL」と言われているディスプレイパネルだが、実は、Samsung Electronicsの子会社Samsung Displayがほぼ世界市場を独占しているスマホ用の小型パネルと、LG Displayが現在テレビ市場を独占している大型液晶パネルは、似て非なるものである。有機ELパネルのカラー化には2方式あるからだ。

3色塗り分けでスマホ用は出来ても大型テレビ用はまだ
有機ELは、電圧をかけると自ら光る性質を持った有機材料を透明基板に挟んだ構造を持つ。隣接して配置した3原色(赤、緑、青)の有機EL材料をそれぞれ独立に発光させ、色を作り出すのが本来の姿だ。3原色の固形有機EL原料を別々に、遮蔽マスクを使って真空蒸着し3色に塗り分けた有機EL層を形成する訳だが、3原色の塗布箇所にズレが生じないように形成するのは至難のわざである。パネルを大型化すれば、マスクも大型化し自重で変形するリスクを負い、大型化すればするほど完成したパネルに映る画像にも欠陥が生じやすくなる。このような事情から、3原色塗り分け方式の大型化は歩留まりが低すぎて、実用化できない。スマホ用を年産5億枚量産するSamsungでさえ、大型テレビ用の量産には成功していない。

ところで、ソニーは、世界に先駆けて、2007年に業界初の11インチの小型有機ELテレビを20万円で発売した。高コントラスト比の高品質画面と最薄部3mmという薄さをアピールした。しかし、3色塗り分け方式は歩留まりが低く量産できず、高価すぎて売れ行きが全く伸びずに撤退してしまった。結果として執念で挑戦し続けたSamsung(正確にはSamsung SDI、のちにSamsung Electronicsと共同出資のSamsung Display)だけが、スマホ用小型有機ELパネルの世界市場をほぼ独占し、シェア99%(2016年)で他社を寄せ付けない。

有機ELをSamsungに注文するしかないAppleの苦渋
有機ELを巡るニュースで注目を集めているもう一つの話題が、冒頭でも述べたAppleが今秋発売予定のiPhone次機種に有機ELを搭載するとの情報だ。画面が湾曲している、折り曲げられる、バックライトが不要なので表面に枠がなくなりエッジ部分にまで画面が広がる、といった有機ELの特徴を生かした、世間があっと驚くような外観のiPhoneが登場すれば、今は様子見段階のディスプレイ業界に一大有機ELブームが到来するだろう。もちろん、画期的な新製品ではなければ有機ELに失望感が広がることもありうる。

英国IHSや台湾TrendForceなど市場動向調査企業は「iPhone次機種の有機ELパネル搭載は一部の上位モデルに留まり、しかも外見上驚くような冒険はしない」とみている。そうなると、Samsungや中国ブランドの既存スマホの二番煎じということになってしまうが、ブランド力だけでゴリ押しするのではなく、なんらかのAppleらしい特徴を出して欲しいものだ。

そのAppleと、小型有機ELの覇者Samsungはスマホ市場を巡り火花を散らせている。このライバル関係が、Appleを悩ませている。AppleがSamsungから有機ELの供給を受ける場合、開発段階でiPhoneの設計情報がライバルに流れてしまう。だからまもなく発売がうわさされるSamsungのGalaxy S8がiPhone次機種の機能を先取りするだろうという見方が有力である。

高品質のスマホ用3原色塗り分け方式(=3原色独立発光方式)の有機ELパネルを量産できるメーカーは今のところSamsung以外にはない。Appleは自社の秘密を開示して敵に塩を送ることがわかっていても、Samsungに注文せざるを得ないのだ。このため、Appleは、ジャパンディスプレイ(JDI)やシャープにもひそかに有機ELパネル開発要請をしているだろう。両社が量産品を開発できさえすれば、スケールメリットのあるSamsung製よりも、少々製造コストが高くてもAppleに採用されるチャンスは残されている。

LGテレビは白色有機ELベタ塗りで市場独占
SamsungのライバルであるLGは、3原色独立発光方式に固執し大型化で苦戦するSamsungを横目に、この方式に見切りをつけて、製造しやすい別の方式を採ってきた。まず、マスクを使った位置合わせなどの必要ないベタの白色有機EL層を形成し、発光層の上に形成したカラーフィルタを通して発色させる。カラーフィルタは塗布やインクジェットで形成する技術がすでに確立している。この「白色有機EL+カラーフィルタ方式」の方が、はるかに歩留まりが高く、量産に成功している。しかし、カラーフィルタを用いると色域が狭くなり、色再現性も劣る。さらにフィルタを通すことで、光の利用率が3分の1以下に落ちてしまうため、画面の明るさが必然的に犠牲になる。明るさを上げようとすれば消費電力が大きくなり、有機ELの寿命は短くなる。

ソニーは1月に米国で開かれたCESで有機ELテレビ再参入を発表したことは冒頭で述べた。しかし、パネルは何とLGから調達するという。ソニーが自前の画期的な3原色塗り分け方式の有機ELパネルを用いて2007年に発売した有機ELテレビXEL-1の方式とは異なり、いわばLG製テレビの二番煎じである。画像で品質を極められない分 、新設計の音響システムで特徴を出すという苦しい弁明をしている。

同社の平井社長も記者会見で「有機ELと液晶、それぞれの持ち味を活かしてテレビのラインナップが広がったと捉えてほしい」と強調しているから有機ELに乗り換えるわけではないようである。量販店の店頭でLG製の有機ELテレビをみて、「日本製はないのか」と問う顧客を逃さぬために品ぞろえすると言うわけだ。東芝やパナソニックなどの日本勢も、今年、大型有機EL テレビに参入するが、いずれも長年自社開発してきた技術では商品化できずに、韓国LG製パネルを搭載する。もはや、「ディスプレイ技術の海外流出を防げ」などというような状況ではない。

一方、Samsungは、本命だった3原色塗り分け方式の有機ELテレビを展示会などで発表してはいる。ただし、製造歩留まりが極端に低く、量産できず発売に至っていない。当面はこれをあきらめて、かといって自発光有機ELにカラーフィルタという邪道(?)の組み合わせを採るLGのマネはせずに、液晶テレビに注力するようだ。ただし、液晶の最先端技術である量子ドット(Quantum Dot)技術を採用したのでQLEDと名付けて今後拡販を図る。QLEDのLEDは液晶のバックライトのLEDを指すというが、わざとOLED(有機材料が自発光するという意味)と紛らわしい命名をしたようだ。Samsungは、液晶で有機ELを超える画質を目指しており、いよいよLGのOLEDテレビとSamsungのQLEDテレビの対決が始まる。

開発途上の「印刷できる有機EL」と「曲げられる液晶」
このような状況で、3原色独立発色方式の大型テレビが将来量産できるかどうかわからない。しかし、これこそが究極の画質のテレビなので、期待感は高い。有機EL原料の塗布には、蒸着に代わり印刷方式が研究され、ディスプレイの学会では多数の研究機関から発表が相次いでいる。印刷方式が実用化すれば、現行の蒸着方式よりも量産性に優れ、原材料コストも抑えられる。しかし、今のところ高品質の有機ELが実現できず、まだ量産可能な段階には至っていない。LG は、印刷による三原色塗り分け方式のテレビを本命としてひそかに開発を急いでいるようだ。有機ELパネルは、原理的に丸められ、折り曲げ可能である。

これに対して液晶パネルは曲がらないはずだったが、経営悪化で国家救済を求めているJDIが、2017年1月に、プラスチック基板を用いた「曲がる液晶」を開発し、2018年量産を目指すと発表した。TFT(薄膜トランジスタ)をプラスチック基板が溶けない低温で形成しなければならず、固体ではない液体をどう取り扱うのかハードルは高い。公式発表で「量産する予定」とは言わず「目指す」という表現を使ったところに実用化の不確実さが漂う。

もしも、LG、JDI両社がそれぞれ、これらの難易度の極めて高い新技術を実用化できたら、スマホやテレビのディスプレイ業界は、液晶対有機ELのさらなる混戦に突入しそうだ。

それに加えて、中国では、自給自足を目指す国策で、需給バランスを全く無視して、液晶や有機ELの量産工場が雨後のタケノコのように各地に誕生している。供給過剰に陥るのは目に見えている。かつて数え切れぬほどのディスプレイメーカーが存在し、有機ELも一番のりした日本勢の存在感は薄れるばかりである。日本勢は「Apple向け有機ELパネル」を一刻も早く開発し、量産体制を築くとともに、「曲がる液晶」で最後のチャンスを掴み、ディスプレイ業界のゲームチェンジャーになって勝ち残って欲しいものだ。

Hattori Consulting international 代表 服部 毅

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