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5G無線通信はなぜ半導体メーカーにも影響を及ぼすのか(2)

前回(参考資料1)は、Ericsson Mobility Report 2018 Novemberをベースに5G通信の姿を概観した。今回は、5G通信を狙った実証実験(PoC)や概念設計に必要な半導体技術を紹介しよう。

5Gは高速データレート、低遅延、多様なデバイスが主な特長であるから、技術もそれに対応することになる。特に高速データレートの実現が最も難しく、ここに技術は集中する。5Gで必要なデータレートを得るための高速技術としては、より高周波で広い周波数帯域を利用することが欠かせない。ただし、周波数を高める技術はそう簡単ではない。一般に周波数を上げれば上げるほど、送信パワーは落ち、受信性能は劣化してゆく。寄生容量やインダクタンスなどが邪魔するからだ。送受信性能を上げるRF回路と、デジタル変調を行うベースバンドの無線アクセス回路でデータレートをいかに上げるか、が重要になる。

RF回路では、やはり高周波化が必要で、LTEで使われているサブギガ、1.8GHz帯、2GHz帯よりももっと高い周波数帯を使う。5Gの最初の実証実験では、3.5GHz帯、4.5GHz帯、28GHz帯が総務省の周波数割り当てとなっている。やはり3.5GHz帯と4.5GHz帯からスタートしそうだ。受信回路では、アンテナ、LNA(ローノイズアンプ)や局部発振器、送信回路では、RFパワーアンプが新たな周波数に対応した半導体チップを開発しなければならない。局発ではRF-MEMSも求められる。RFパワーアンプではGaN HEMTによるパワーアンプや、消費電力を下げるためのエンベロープトラッキング回路技術(送信すべき信号強度に従って電源電圧も変える技術)も必要になる。

アンテナ技術では、マッシブMIMO(Multiple Input Multiple Output)が本格的に使われる。マッシブMIMOはソフトバンクのLTEギガサービスで最初に導入された。従来のMIMOだと2×2(送受信2個ずつ)アンテナだったが、5Gでは8×8アンテナの検討も進んでいる。特に28GHz以上のミリ波領域になると、電波が直進的になり、360度に広がらなくなるため、位相を変えて携帯電話の向きを揃えるビームフォーミング技術が欠かせなくなる。もちろん、ビームフォーミングには高度なロジックLSIが必要で、送信・受信のアンテナの向きを電波を拾ってすぐに電子的に変えるのである。

本来アンテナは、波長の長さで電波を増幅させるための共振器であるため、共振させるためのインダクタンスやキャパシタンスが必要となる。しかもマッシブMIMOならコンデンサを構成する平面アンテナをアレイ状に並べることになる。また、周波数が上がれば上がるほど波長は反比例して短くなる。3GHzだと波長は1cm、30GHzは1mmになる。つまりミリ波やテラヘルツ波となるとアンテナは半導体チップやパッケージに実装できるようになる。3.5GHz帯のMIMOアンテナの素子は1cm弱と小さい。このためMIMOアンテナはセラミック平面上に多数の共振器素子をアレイ状に並べたものになる。ミリ波となるとICパッケージの上にアンテナをメタルのインクジェットや印刷などで描くことができるようになる。もちろん、パッケージの大きさとミリ波の周波数に依存するが、60GHzだと波長は0.5mmなのでパッケージ上に印刷できそうだ。

デジタル変調回路を使うベースバンド回路では、OFDM(直交周波数分割多重)無線アクセスの並列度を上げる方向にある。OFDMは周波数軸で振幅と位相(90度)で直交させる無線アクセス方式で、この周波数のサブキャリヤごとにデジタル変調QAM(直交振幅変調)を使う。LTEでは、一つのQAMに16個のデジタル値を載せる16QAMが主流で、高速化には64個の64QAMを使っているが、5Gでは256QAMになりそうだ。QAMは、振幅変調と位相変調を利用するデジタル変調方式。デジタル変調では、変調のアルゴリズムをモデル化し計算する場合に解析的な解が求められないことが多く、級数展開を数値演算する。数値演算に適した積和演算専用のマイクロプロセッサであるDSPがこれまで同様、出番となる。

こういった送受信回路や変調回路には半導体ICが使われるが、これらを動かすための電源用のICも欠かせない。いわばDC-DCコンバータやAC-DCコンバータといった電源用ICである。

以上述べてきたような半導体ICが基地局だけではなくスモールセルにも使われ、さらに端末にも入ることで半導体産業にとっては大きなビジネスとなりうる。もちろん、これ以外にも顔認証に使う2Dアレイの面発光レーザーVCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting Laser)は、iPhoneだけではなく全てのスマートフォンにも入ることになるため、ここにもビジネスチャンスが広がっている。東京工業大学の伊賀健一元学長が発明したVCSEL面発光レーザーは、iPhone向けには米国の光半導体メーカーFinisar社が供給しており、VCSEL市場は残念ながら日本メーカーではなく、Lumentumなどの米国系光半導体メーカーが支配している。

また低遅延に関しては、マイクロプロセッサや専用プロセッサの速度とアーキテクチャに依存するため、プロセッサの性能向上が要求される。多様なデバイスとはIoT端末そのものであり、データレートが遅いIoT端末でも5Gのセルラーネットワークで通信できる仕組みが使われるだろう。すでにLTEのベースステーションでは、基地局のハードウエアをそのままにソフトウエアを変えるだけでIoT端末をセルラーネットワークで動作できるようにNB-IoTやCat-M1などの規格に対応できる準備をしている。

参考資料
1. 5G無線通信はなぜ半導体メーカーにも影響を及ぼすのか(1) (2018/12/28)

(2019/01/08)

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