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QualcommのNXP買収は、吉か凶か

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米国のQualcommがオランダのNXP Semiconductorsを470億ドルで買収すると正式に発表した。共にプレスリリースで述べられているほか、10月28日と29日に連日、日本経済新聞が報じた。この買収は、ソフトバンクによるARM買収を超える過去最大の規模となる。

Qualcommはこれまでスマートフォンに特化したアプリケーションプロセッサやモデムなどのICを開発してきた世界最大のファブレス半導体企業。顧客はスマホメーカーがほとんどと限られていた。元々Qualcommは、携帯電話向けのCDMA(Code Division Multiple Access)技術の基本特許を持っており、同社のチップを使おうが使うまいが、3GではW-CDMAかCDMA-2000方式しかないため、誰もがQualcommにライセンス料やロイヤルティ料を払わざるを得ない状況だった。このためQualcommは3G時代に我が世の春を謳歌した。

ところが、LTE時代となると状況は一変する。LTEに使う特許の中でも最も件数の多い企業がQualcommであることに変わりはないものの、3Gのような基本特許ではない。このためLTE時代の特許料やモデムチップは3Gほどの「絶対」ではなくなった。この事態を想定して、早くからモデムに加え、アプリケーションプロセッサの開発に取り組んできた。ARMコアをベースにしたScorpionプロセッサコアによるアプリケーションプロセッサSnapdragonシリーズは3G時代からLTEにかけて一世を風靡した。

QualcommのプロセッサはAndroidフォンに大量に使われた。しかし、数年前から、台湾のMediaTekというライバルが現れ、2〜3年前には中国のHiSiliconやSpreadtrumといったファブレス企業も現れた。Qualcommのシェアは徐々に落ちてゆく。さらに同社が改革を迫られる事態が、ここ1〜2年おきた。スマホの伸びが鈍化してきたのである。

この先、いつまでもスマホや携帯電話に頼る訳にはいかない。スマホの成長率が一桁に落ちてきたためである。中国や台湾のファブレスとの競争もあって、Qualcomm社の売り上げは、2014年までプラス成長を続けてきたのに、2015年は19%減のマイナス、2016年も前半で25%減のマイナスが続く。

Qualcommは携帯電話だけではなく、あらゆる通信方式を開発してきた。ワイヤレス給電方式、急速充電方式、ピアツーピア通信、ブロードキャスティング通信などに加え、Wi-FiではAtheros Communicationを、BluetoothではCSR社をそれぞれ買収した。クルマでも、電気自動車向けのワイヤレス給電方式を商品化している。だからこそ、「全ての通信の技術を握る」という方針がQualcommにあった。

ところが、NXPの買収となると、これまでの方針とは大きくズレることになる。NXPはFreescale Semiconductorを買収、傘下に収め、自動車向け半導体のトップ企業となった。そのNXPをQualcommが買収するによって自動車向け半導体のトップメーカーになる。確かに、クルマは自動運転をはじめ、将来有望な成長分野ではある。クルマは、交通事故にあったらすぐに管理センターにつながるeCallサービスが2018年から始まり、本格的なコネクテッドカーの時代がくる。ここにQualcommの得意な技術を発揮できる。

しかし、自動車向けプロセッサの規模はスマホほどではない。スマホは年間14億台出荷されるのに対して、クルマは1億台にも満たない。ICを納入する数はそれほど多くはない。クルマに使われる半導体は今度も伸び続けるため、成長の核の一つではあるが、スマホ用のプロセッサとは違い、エンジンにはなりえない。

製品寿命もクルマとスマホでは全く違う。クルマは製品製造を最低でも10年、実質的に15年は継続することが求められるが、スマホの寿命は2〜3年。このため信頼性品質管理の考えが全く違う。クルマ市場では今開発が終わったチップが実際のクルマに乗るのは5年先。さまざまな信頼性試験を経た後で出荷が始まる。これに対してスマホでは開発されたチップはすぐに出荷される。スマホでは信頼性試験の優先順位は低い。

さらに、企業形態も全く違う。Qualcommはファブレスに対して、NXPは設計も製造も持つIDMである。研究開発投資は大きく異なり、製造には最低でも数100億円以上の投資が毎年必要になり、さらに開発投資もいる。工場を持つとなると、その維持と保守、運転コストなどもかかるようになる。営業担当者は生産する数量を聞き、月産数千個しかなければ断ることが多い。

製品ポートフォリオも違う。Qualcommがスマホに特化した市場に向けていたのに対して、NXPの狙う市場はクルマだけではない。Felicaカードで知られる近距離無線NFCのID、セキュリティ技術、ディスクリートトランジスタ、センサ、標準ロジックなど半導体製品ポートフォリオは広い。このため販売・流通が全く違う。Qualcommが直販ルートしかなかったが、NXPは代理店利用が主体となる。このほどQualcommも代理店販売を始めた(参考資料1)。

製品がダブる場合もある。特にアプリケーションプロセッサは、Snapdragon1本だったが、NXPには旧Freescaleのi.MXやQorIQ、さらにはPowerアーキテクチャがある。これらのプロセッサアーキテクチャにはそれぞれのソフトウエアを書き、検証するためのメーカーが多く、どのプロセッサが生き残るのか、どれを落とすのか、全てカバーするのか、昔のルネサスと似た構造を持つ。Qualcommの経営手腕が問われる。

参考資料
1. Qualcomm、IoT/組み込みへ本格参入 (2016/10/14)

(2016/10/31)

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