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IBMが30億ドルを投資する背景は何か

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IBMが今後5年間に渡り30億ドルを半導体・ナノエレクトロニクスに投資すると7月10日に発表、日本経済新聞は11日に報じた。これまで、IBMは半導体部門をGlobalFoundriesに売却するといううわさがあり、今回の発表について、どう見るか意見が分かれている。

まず、IBMの発表を整理しよう。これは、7nm以降のシリコンテクノロジー技術を狙うものと、ポストシリコンというこれまでとは全く違うアプローチの技術の二つに大別される。前者は、Mooreの法則や、More Moore、More than Mooreに類する研究開発であり、後者は、ビット単位のデジタルコンピュータとは全く別のアーキテクチャを目指すデバイス開発である。いずれもシリコンのCMOS技術の限界を突破しようというもの。

シリコンCMOS技術の微細化技術は、10nm程度まではCMOS FinFET技術やSOIなどの従来技術の延長にあるが、すでにバラつきが増大するという、理論的な限界が見えてきた。例えば、10の24乗個/cm3のシリコン原子の中に10の17乗個/cm3のドナーやアクセプタをドーピングすることで、電子を流すという働きをトランジスタは行っている。これが20/28nm程度に微細化すると、MOSのチャンネル内に含まれるドナーやアクセプタの数が数十個のレベルになってくる。ドーパントが30個か29個かという違いだけで3%もバラつくことになる。これが微細化されて10個か9個かになると10%もバラつく。これによってゲート閾値電圧Vthがその分バラつくことになる。もちろんゲート酸化膜の限界は40nm前後からやってきている。このためにゲート絶縁膜の材料がHf酸化膜などへと変わってきた。

IBMがこのほど発表した、前者の研究では、1)シリコンフォトニクス、2)III-V化合物半導体技術、3)カーボンナノチューブ(CNT)、4)グラフェン、5)トンネルFET、となっている。これらのテーマのいくつかは国内でも、例えば2011年に解散したSelete(半導体先端テクノロジーズ)が扱ってきたテーマでもある。今でも産業技術総合研究所やLEAP(超低電圧デバイス技術研究組合)らが、これらのテーマを研究している。では、IBMが五つのテーマを今から5年間、研究するために投資することは日本よりも遅れていることなのだろうか。いや、むしろ、これから実用化に向けて開発すべきテーマであろう。

もちろん、IBMもこれらのテーマをこれまでも研究し続けてきた。例えば、シリコンを光導波路に用いてスイッチや減衰器、合成器などの光回路を実現するシリコンフォトニクスはIBMが12年間も研究し続けてきた。光ファイバを利用する配線を、サーバー間のネットワークだけではなく、サーバー内のボード間、さらにボード内のチップ間にも適用する。FPGAメーカーのAlteraがシリコンフォトニクスを利用したチップ間の光配線を試作した例もある(参考資料1)。

2番目のIII-V化合物半導体技術も、実はシリコンCMOS技術をベースとしており、相互コンダクタンスGmの高いトランジスタを実現する。3番目のCNTや4番目のグラフェンもトランジスタとして利用したり、配線として利用したりする。5番目のトンネルFETもサブスレッショルド電流の傾きを上げるための新型トランジスタであり、これからの実用化を念頭に置いている。

一方、全く新しいアーキテクチャである、後者の非フォンノイマン型コンピュータに向けた研究は二つある。一つは量子コンピュータ技術で、ビットを単位とせず、キュービット(qubit)と呼ぶ量子力学的な重ね合わせ(superposition)原理を使うという。量子コンピュータでは、瞬時に数百万ものソリューションを選り分けられるとしている。IBMでは実験ベースで、超電導のキュービットを3個試作、パリティチェック動作を確認している。

もう一つはニューロシナプティックコンピュータ技術である。これは人間の頭脳の計算能力をエミュレートして、人間並みのサイズと消費電力を目指そうとするもの。IBMの長期的な目標として、100億個のニューロン(神経細胞)と、100兆個のシナプシス(神経細胞同士を繋ぐ接点)を備えた、ニューロシナプティックコンピュータを作る計画だ。大きめのペットボトルサイズ(2リットル弱)で、消費電力が1kWという。IBMは大学と共同して、そのアーキテクチャとプログラミング言語、アプリケーションを開発するエコシステムをすでに作り上げている。

IBMのこういった発表に対して、懐疑的な見方もある。「半導体部門の売却価格を釣り上げるため」や、「かつてのCommon Platform戦略の時のように仲間を集めるため」などなど。IBMはここ数年サービス部門を強化してきたことは事実だ。ハードウエアの単価が安くなり、例えばLSIに集積されるトランジスタ1個の価格がほぼゼロ円になっている現実から、ハードウエアにはもはや価値はなく、サービス部門へシフトすることで収益を上げるという考えだ。実際、IBMは、そう言ってきた。

問題は、どこに価値を置くか、である。以上の研究テーマを見る限り、これまでのCMOSトランジスタをベースとするハードウエア技術への投資ではなく、新しい半導体技術(ノイマン方式)、あるいは新しい計算機アーキテクチャ(非ノイマン方式)向けのデバイス技術への投資である。今回の半導体・エレクトロニクス部門への投資は、新しいハードウエアに新たな価値をもたらすための開発費かもしれない。決して看過できない。

参考資料
1. 2極化するFPGA業界、ザイリンクスとアルテラの2強はハイエンドへ (2011/04/27)

(2014/07/14)

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