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中国恐るべし!東芝メモリ売却は本年度末までに完了できない恐れ

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東芝は半導体メモリ事業の日米韓連合への売却について、10月24日開催の臨時株主総会で株主から承認を得た。半導体市場予測会社やWSTSの市場規模予測を何度も裏切り続けて20%超という半導体産業の驚異の成長をもたらしているメモリバブル(参考資料1) のおかげで、東芝はメモリ事業を高値で売り抜けることができそうだし、心配された社員のリストラもなく、四日市工場も現状維持できて、更なる設備投資のメドも立って、東芝本体や東芝メモリの社員やOBの喜びの声が聞こえてくる。

しかし、それに水を差すようで恐縮だが、本稿著者は、一件落着どころか、このままでは今年度末までに片付かないだろうと危惧の念を抱いている。Western Digitalとの訴訟が泥沼状態で解決のメドが立っていないうえに、各国政府、その中でもとりわけ中国政府の独占禁止法審査が今年度中に完了できそうにないからである。東芝と日米韓連合との契約の詳細は明らかにされていないが、まるで各国の審査や裁判をすり抜けるためにさまざまな小手先の細工をしているようで、各国の承認を得られたら、別のシナリオが用意されているようでは、外国政府、とりわけ中国政府は納得しないだろう。というよりは、10年先までどういう契約になっているのか、密約が隠されていないか時間をかけて慎重に調査するだろう。

今回の東芝売却問題を具体的に論ずる前に、まずは、中国勢の米国半導体関連企業買収が米国政府の介入で次から次へと失敗していることから話を始めよう。

中国勢の米国半導体企業買収に米国政府の厳しい監視
カリフォルニア州シリコンバレーの中核都市、パロアルトに本拠を置く投資ファンド「Canyon Bridge Capital Partners」は、FPGAサプライヤとして知られる米国の中堅半導体企業Lattice Semiconductorを買収しようとしたが、トランプ米大統領が発令した大統領令により、先月(2017年9月)破談となってしまった。

LatticeとCanyon Bridgeは2016年11月4日(米国時間)、Canyon Bridgeの企業買収専業子会社Canyon Bridge AcquisitionがLatticeを13億ドルで買収することで最終合意に達したと発表していた(参考資料2)。しかし、対米外国投資委員会(英Committee on Foreign Investment in the United States、CFIUS)が詳細に調査して、10ヵ月後に大統領令が発令された(参考資料3)。

実は、シリコンバレー生まれの投資ファンドを装うCanyon Bridgeのバックには巨大な中国国策投資ファンドがおり、中国共産党中央政府は半導体自給自足方針を具現化するため、海外半導体企業を買収して技術取得しようと必死になっている。Canyon Bridgeのシニアアドバイザには、米Applied MaterialsのエグゼクティブVP兼Applied Materials Asia社長、中国SMICのCEOなどを歴任し、日本の半導体装置業界にもその名が知れ渡っているDavid Wang氏が就任している。

既に、Lattice の買収が発表された時点で「米国政府が今回の買収を承認する可能性は低いのではないか」との見方が米国内の業界関係者の中では囁かれていたが(参考資料2)、その通りになったといえる(参考資料3)。

中国勢は米国のMIPS事業買収をあきらめざるをえなかった
Canyon Bridge Capital Partners はこんなことで懲りることなく、今度は、GPU「PowerVR」やCPU「MIPS」を手掛ける英Imagination Technologies(IMG)を買収することで同社と合意したと今年9月22日に発表した(参考資料4)。

Appleは長年にわたって、iPhone向けSoCのGPUコアとして、ImaginationのPowerVRを採用してきたが、2017年4月、突如AppleがiPhoneへのGPUコアの搭載を2年以内に終了させるとIMGへ通知したことを受け、株価が急落し、経営危機が囁かれるようになっていた。

IMGは、2013年に米MIPS Technologies (旧MIPS Computer) を買収し、この事業は米国で続けてきた。Canyon Bridgeは、MIPS事業を含めたIMGのすべてを一括して買収したいところであったが、さきのLatticeの件もあり、米国を本拠とするMIPS事業についてはあきらめざるを得なかった(参考資料4)。

中国勢は、数年前に、米Micron Technologyを買収しようとし、現在、東芝買収で火花を散らす米Western Digitalに資本参加しようとしたが、米国政府の介入であきらめざるを得なかった。中国勢の米国半導体企業の買収や技術導入は、米国政府の拒絶反応でますます困難な状況になっている。

日本政府も中国勢の東芝メモリ買収を警戒
日本政府も、米国政府同様、中国の国策資本による自国の半導体企業買収に警戒感を強めており、東芝メモリ売却に関して、経済産業省は、中国が買収するようなことになれば外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づいて中止や見直しを勧告すると明言したため、中国勢は東芝応札をあきらめざるを得なかった。実は、東芝メモリの3D NAND フラッシュメモリ技術を世界で一番欲しがっているのは、現在、中国国内にメモリ量産工場を建設中の清華紫光集団であるのだが(参考資料5)。

一方、中国に多数のエレクトロ二クス製品受託生産工場を持つ台湾の鴻海精密工業は東芝買収入札に最高額で応札し、経済原則に従えば、買収交渉の優先権を得られるはずが、経済産業省の圧力で買収できなかった。台湾国内の新聞やテレビでは、「鴻海による東芝メモリ買収を妨害した人物は経済産業省のA商務情報政策局長だ」という鴻海経営陣の怒りを込めた主張を顔写真入りで再三にわたり報道していた(参考資料6)。

中国の独占禁止法審査には9ヵ月以上要する
キヤノンは、昨年12月19日、東芝メディカルシステムズの買収に関して各国当局の独占禁止法に基づく審査が完了に伴い、正式に買収手続きを完了したと発表した。昨年3月の買収合意時点では同年秋までの各国審査完了を見込んでいたが、中国当局の審査が長引き、買収完了まで12月にずれ込んだ。結局審査に9ヵ月を要したことになる。村田製作所によるソニーの電池事業買収にしても、今年4月に買収完了のはずが、中国政府の独占禁止法審査が長引き、9月にずれ込み、社員の移籍の延期となった。昨年10月末の買収合意発表から10ヵ月を要している。

東芝は中国当局の承認を待たずに売却資金を受け取り利益計上
実は、中国政府は、キャノンの東芝メディカル買収を最終的には承認したが、同時に(昨年12月16日に)キャノンに事前届け出義務違反で罰金の支払いを命ずる行政処罰を行っていたことが後日明らかになった。東芝は当時、会計不祥事に伴う経営危機で2015年度内に東芝メディカルの売却益を計上する必要があったため、キャノンは、2016年3月に合意発表後、各国の承認を得ることなく、買収手続きを行い、東芝は売却益を2015年度にちゃっかり計上し難局をのり切っていたのだ。

これについて、日本政府公正取引委員会は、2016年6月には、キヤノンの東芝メディカル買収は独占禁止法に抵触しないとの判断を下した際に、キヤノンが公取委への計画届け出前に東芝に買収代金を支払ったことが「制度の趣旨を逸脱している」として、キヤノンに注意し、今後は同じ手法は認めないとの見解も示した。公取委は東芝にも口頭で再発防止を申し入れた。中国政府は行政処罰で罰金を科したというのに、大企業に甘い公取委は口頭で注意しただけで、はたして再発防止できるのだろうか。

日米韓連合が、来年3月末までに、買収代金を支払えば、東芝の債務超過問題は解決するが、日本のそして各国の独占禁止審査完了を待たずに支払うことは、2度と許されない。仮に、大企業に甘い日本の公正取引委員会が東芝救済方針の政府官邸を忖度(そんたく)して法令違反を見逃したとしても(あるいは口頭注意にとどめたとしても)、外国政府の承認を得ないうちに買収代金を支払い買収してしまうのは、国際ルールに違反しており、国際信用を著しく損なうだろうし、その前に、各国政府は、そのような法令違反の買収を承認しないだろう。

東芝売却は今年度中に完了しない
このような問題に加えて、東芝メモリ売却には、Western Digitalとの国際訴訟問題を抱えており、これが和解か判決確定せずして売却は完了できない。技術の海外流失絶対阻止を叫ぶ経済産業省の意向にも関わらず、買収集団に韓国メモリメーカーが入っていることも不可解だ。応札していないにもかかわらず、買収交渉の主役に躍り出た産業革新機構が入っていないのも、奉加帳が回ってきたはずの多数の日本企業のなかで、わずかにHOYAだけが入っているのも不思議だ。ストレージ分野でWDのライバルメーカーであるSeagateをわざわざ入れて、WDの怒りをあおるのも不思議だ。

SK Hynix は10年間東芝メモリの技術にアクセスできないようになっているから心配ないなどといわれているが、一寸先は闇の半導体産業、とりわけメモリ産業は、来年以降、中国でメモリ工場が雨後の竹の子のように生まれ、稼働し始めれば供給過剰による業界再編は必至である。10年後に東芝メモリとSK Hynixが今と同じ状態で生き残っているというのは単に希望的観測に過ぎない。中国政府は、現状の日米韓連合だけではなく、将来の姿まで時間をかけて徹底的に調べるようであるから、今年度中に東芝の売却は完了することは、コンプライアンスに違反し国際ルールに違反せぬ限り、あり得ないだろう。

服部コンサルティングインターナショナル代表 服部 毅
  参考資料

1. 服部毅「IC Insights、2017年の半導体市場成長率を前年比22%増へ上方修正」、マイナビニュース (2017/10/20)

2. 服部毅「中国資本が13億ドルで米Lattice Semiconductorの買収を計画」、マイナビニュース (2016/11/7)

3. 服部毅「トランプ米大統領が中国資本によるLatticeの買収を阻止」、マイナビニュース(2017/9/15) 

4. 服部毅「英Imaginationを中国資本のCanyon Bridgeが買収 - MIPS事業は米国VCが買収」、マイナビニュース (2017/9/29)

5. 服部毅「東芝メモリ買収狙う「日米韓連合」の海外での反応は?」、セミコンポータル(2017/7/19)

6. 服部毅「東芝メモリを買収したい企業・しない企業の裏事情から見えてくる業界勢力図」、セミコンポータル (2017/6/13)

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